140字小説 その711~715

711
廃墟の屋敷には日本庭園が広がっている。建物は壊れそうなのに、日本庭園だけは綺麗に手入れがされている。もう何年も人は住んでいないそうだ。だが、誰かが手入れをしているのは間違いない。それも夜中に。別の世界と接続しているんですよと、不動産屋は力説していた。
 
712
水色のマッチ箱の中には、浜辺が広がっていた。指でつまむと、浜辺の一部がマッチの形になり、箱から離れる。マッチ箱の側面で擦ってみると、水しぶきと共に青い炎がついた。煙草に火はついたものの、吸うと妙に湿度が高く、軽く溺れているような気分になった。
 
713
砂時計の中には、隕石を砕いて作られた砂が入っている。薄紫色の砂は、妙に落ちるのが遅い。まるで意志を持っているかのように、砂時計の穴を避けようとする。地球外の物質だから、未知の特性があるのだろう。砂が逃げるから、この砂時計で図る時間は、間延びしている。
 
714
甲冑を展示する。緋縅の見事な甲冑である。入っていた箱の上に座らせてみると、凛とした声で和歌を口ずさみはじめた。明らかに女性の声である。内容は百人一首。骨董屋は男物に間違いないと言っていたが、どうやら見込み違いだったようだ。キャプションを直さねば。
 
715
梅田駅の構造は、毎日微妙に変化している。多くの人々が歩くので、その振動に共鳴し、駅自体が滑らかに変化するのだ。訪れるたびに、こんな通路が、あるいはこんな店があったかなと思うのは、これが理由だ。今日も私は、見知らぬ通路に迷い込み、独り途方に暮れている。

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