140字小説 その716~720

716
夫は、存在しない島の地図を描くのが趣味だ。方眼紙に定規やコンパス、ペンを使って地図を描く。パソコンは一切使わない。全て手書き。すでに数百枚の地図が家に保管されている。貝楼諸島に島はあるんだと夫は言う。架空の場所なのに、なぜか懐かしい気持ちになる。

717
知人が古い旧家を壊すというので、絵巻物を譲られた。いわゆる九相図というもので、鮮やかな色彩で人の朽ち果てて行く無常の世界が描かれている。時々、独りで絵巻物を広げ鑑賞する。人の腐った臭いや、それを喰らう犬の鳴き声がする。その度に、仄暗い悦びに包まれる。

718
迷路状の庭園が、上空に浮かんでいる。この町ができる前から、庭園はあったそうだ。むしろ、庭園に憧れて人が集まり、町ができたのだとか。町の中心部には、造りかけの塔がある。庭園へ向かうために建てられ始めたのだが、予算の都合がつかず、今も完成していない。

719
妹は未知の言語を作っている。中学生の頃からはまりだした。今では数百種類の言語を生み出し、ネットで公開している。令和のトールキンと呼ばれているが、彼女にそんな自覚はないし、トールキンにも興味はない。吐き出さないと頭が破裂する。それが理由だと前に聞いた。

720
象牙製のオカリナを叔父は持っていた。以前、とある人から譲られたらしい。オカリナを吹くと、物悲し気な象の鳴き声が聞こえる。殺された象の怨念が詰まっているんだろうなぁと叔父は言った。そんな恐ろしいものを持っている彼が不気味で、いつしか疎遠になっていた。

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