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ランドル・パーク『非常に残念な男』(2023)アイデンティティ・クライシス、またはAssholeについて

俳優でもあるランドル・パークの長編デビュー作『Shortcomings』(=欠点)、『非常に残念な男』というあまり言いたくない邦題で残念(配信スルーなのでしかたないか)。最低男ベンには、『アフター・ヤン』で最高なアンドロイドを演じていたジェスティン・H・ミンが爽快なクソ野郎を演じていてとても楽しい一作だった。原作は、エイドリアン・トミネのグラフィックノベル。映画館で働いているという古臭い映画オタクでもあり、彼が見ている映画が『大人は判ってくれない』『お早う』『フェイシス』だった。アートハウス系で働く従業員の会話もおもしろいあるある話だったりした。(女の子の前でヨーロッパ映画が好きと嘘をついたりとか)

人の"欠点"は簡単に変わらないー!?
カリフォルニア州のベイエリアに暮らす日系アメリカ人のベンは、映画製作を夢見ながら、映画館の支配人として働いている。同じ日系アメリカ人のガールフレンド、ミコとは同居しているものの、価値観の不一致が原因でぎくしゃくしていた。ちょうどその頃、ミコは長年の夢が叶いニューヨークへわたることに。距離を置くこととなったベンは、白人女性に次々アプローチをかけるのだが……。

https://www.sonypictures.jp/he/11377338

おもにアジア系の三者間(ベン、ミコ、ベンの親友のアリス)のもがきや弱さ、それぞれが持つ考え方に焦点があたっているように感じる。それが、ベンの嫌な発言や性格を全面的に取り入れることで、映画が回り続けているのがイライラしつつもおもしろかった。

ベン。さまざまな差別の目にさらされてきたであろうアジア系男性のアイデンティティ・クライシスと自己肯定感の低さ、変わりたくないがために周りにいる人すらも止まらせたいと望んでしまう依存性、差別を受けることで差別を内面化してしまうという厄介さ。彼の性格の悪さがこれまでの他者性の経験の問題なのか?それとも彼は根っからのクソ野郎なのか?という問題が、まわりの人間関係の構築と失敗から模索されていくのだけど、明確に答えを出さず、丁寧に進められていったのが印象に残った。社会によるものでもあるし、個人の問題でもある。どちらもが複雑に絡み合った結果、ベンという人間がいま存在していることが示唆されていく。ミコは、アジア系であることに主体的で、アリスは保守的なクリスチャン家族に自身の性的嗜好を伝えることができずにいる。主人公はもちろんベンなのだが、ミコやアリスの欠点や障壁にもきちんとフォーカスがあたっており、ベンは日系2世であり、アリスは韓国系であるがゆえに、アリスは祖父にベンを紹介するときに「ラストネームは言うな。」と忠告したりするという歴史的な違いなども含めて、「ベンというキャラクター」=アジア系アメリカ人という単純化に導かない動線がきちんと張られていた。三者に共通するのは、「モデルマイノリティ神話」で、これが根深く横たわっていることも少しずつ会話で明らかになっていくのも感じられる。映画のようにパーフェクトにはなれないけれど、全部は手に入れられないけれど、気持ちのぐらつきに矛盾したことを言ったり考えたりするけれど、それでも各々が欠点や短所、弱さに向き合うことで、人は次に進むし、そうすることで映画のようなハッピーエンディングをつかむ可能性が開かれていく。共感も反感ももつ映画だった。エイドリアン・トミネが脚本も書いたようで、会話、映画のトーンを含めてポップで可愛らしい。あと『クレイジー・リッチ』パロディで、ステファニー・シューが出ており、『クレイジー・リッチ』から始まったと言われるアメリカでのアジア系映画の系譜を感じさせられた。

Shortcomings|92分|
監督:ランドル・パーク
脚本・原作:エイドリアン・トミネ
キャスト:ジャスティン・H・ミン、シェリー・コーラ、アリー・マキ、タヴィ・ゲヴィンソン

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