トッド・ヘインズ - キャロル (Carol) 2015
人混みのなか、自然と混じり合う視線と視線、その瞬間そこは不思議な世界が出来上がる。誰もそんなことには気づかないで買い物に夢中になっている。誰も知らない、見えない、そこにはふたりだけの世界が広がる。この世のなかには、ときどきこんなにもロマンチックな世界が、わたしの気づかないうちに起こっている。いま、あなたが買い物に夢中になっているデパートのなかで、あなたのすぐそばでだって起こっているかもしれない。なんて不思議なんだろう!と言いたくなるほどにロマンが溢れかえっているのだ。
パーティへ向かう車中、テレーズは、熱気で曇った窓ガラスのせいでぼやける視界のなか、微笑みながら道をゆくキャロルを見つける。そうして彼女は、キャロルとの思い出を思い起こす。ごった返したデパート、浮き足立つ人々、クリスマスを直前に控えたマンハッタンでテレーズはひとりだった。そして彼女はふとおもちゃ売り場の入り口で立ち止まっているキャロルに心を奪われるのだ。テレーズが見て、そしてキャロルが気づく。彼女たちはお互いを見つめ合う。それは一瞬なのかもしれないが、でも永遠に続くかのような誰も知らない時間だ。キャロルは手袋を置き忘れ、テレーズをランチへと誘い出す。
キャロルには、どこか捉えきれない影がある。この世界を軽蔑しているような眼差しや態度は彼女の節々から感じ取れる。うんざりすることばかり。でも彼女はそこに抗っていけるほど若くないし、諦めているかのようだ。すこし取っつきにくい雰囲気、多くを語らない(もしくは語れない)彼女にテレーズは、右も左もわからないまま惹かれていく。テレーズはキャロルと居ることで、人を愛することを知り、大人になるということの意味をしる。そしてキャロルも、テレーズと居ることで自分のアイデンティティを生きていくことを決意する。うんざりしていた自分を取り巻く環境から決別するのだ。「偽りの人生」のなかに彼女たちの存在する場所はないのだから。
視線が混じりあう数々のシーン、視線はいつも恋焦がれる側から映し出されていく。出会いはテレーズにはじまり、キャロルの視線がまじり、ふたりがお互い惹かれあった瞬間を映し出す。そしてテレーズの視線を中心に展開されていくが、キャロルがテレーズの元を去った後、今度はキャロルがテレーズの姿を目で追う。道で見かけたテレーズは美しい女性へと変貌し、ニューヨーク・タイムズで働いていた。その姿を見たキャロルは、自分自身のいる場所をみつけたのかもしれない。そして最後は振り出しに戻るのだ。オークルームで、テレーズは人混みのなかにキャロルを見つける。そしてキャロルもテレーズの視線に気づく。映画は終わるが、ふたりはこれから新しいスタートラインに立つ。
ルーニー・マーラの風貌もあり、マイ・エンジェルでもあるテレーズ、パトリシア・ハイスミスの原作ではけっこうドス黒い内面を持っていて大好きなキャラクターだなと思う。と同時に、ここまでの離別を乗り越えなければスタートラインに立てなかった同性の恋愛についても考える。