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【大人も楽しめる童話】『不眠症のひつじ』

「ママ,まだ起きてる?」
こひつじが聞きました。
「ええ,起きてるわよ,ぼうや」
「ぼく,眠れないんだ」
「変ね,ママもなんだか眠くならないわ」
ひつじの親子は,小屋の中でよりそいながら,
ひそひそ声で話していました。

「ママ,知ってる? 
 人間は眠れない時,ぼくたちの数を数えるんだって。
 今日,牧場に来てた人間たちの話を聞いちゃったんだ。
 じゃあ,ぼくたちは眠れない時,何を数えたらいいんだろうね」
「そうねぇ,じゃあとなりの牧場にいるお馬さんの数を数えてみる?」
「うん! お馬さんが一頭,お馬さんが二頭,お馬さんが三頭…」

ひつじの親子はその夜,馬の数を数えながら,
やがて眠りに落ちていきました。
まわりのひつじたちも,同じ頃やっと眠りについたようです。

次の夜も,ひつじたちはなかなか眠れませんでした。
「ママ,今夜は何の数を数えようか」
「そうね,じゃあ,となりのとなりの牧場にいる,やぎさんはどうかしら」
「いいよ。やぎさんが一匹,やぎさんが二匹,やぎさんが三匹…」

ひつじの親子は,一緒にやぎの数を数えながら,やがて眠りにつきました。
まわりのひつじたちも前の晩と同じように,
親子と同じ頃ようやく眠れたようでした。

次の夜も,ひつじの親子は目をぱっちりあけて,
今夜は何の動物を数えようか考えていました。
ぜんぜん眠くならないのです。
ほかのひつじたちも,みんな目がさえていました。

「ママ,今夜は何を数える?」
「そうねぇ,じゃあ,となりのとなりのとなりの小屋にいる,
 ぶたさんにしましょう」
「そうだね。ぶたさんが一匹,ぶたさんが二匹,ぶたさんが三匹…」
ひつじの親子はその夜,ぶたの数を数えながら眠りに落ちていきました。

「ママ,今夜はあひるさんにしようよ。
 ぼく,今日,牧場に遊びに来たあひるさんを見て,
 今夜はあひるさんを数えようって思ったの」
次の晩,こひつじがはりきって言いました。
「あら,今夜も眠れないってわかったの?」
「うん。それに数えるの楽しいんだもん。
 あひるさんが一羽,あひるさんが二羽,あひるさんが三羽…」
ひつじの親子はその夜,あひるの数を数えながら眠りにつきました。

まわりのひつじたちは,毎晩この親子が何の動物を数えるのかが,
楽しみになってきていました。

「ママ,今夜は何を数えよう…?」
「どうしましょうねぇ」
ひつじの親子がいつものように話していた時です。
ひつじ小屋の外で声がしました。

「ひつじさん,起きてるかね」
「ええ,起きていますよ」
ひつじのお母さんは,戸口からそっと外を見てみました。
馬と,やぎと,ぶたと,あひるの群れがいます。

「あら,みなさんおそろいで…。どうなさったのですか」
「実は最近,眠れなくなりまして」
馬が答えました。

「わしらもなんじゃ。
 ちょっとうわさを聞いたもので,やって来たのじゃが…」
今度はやぎが言いました。

「どんなうわさですの?」
お母さんがまた聞きました。
ひつじのぼうやは,お母さんの後ろにかくれながら,
みんなの話を聞いています。

「お宅のおぼっちゃんが,最近,私たちの数を数えているって聞いたの」
ぶたが言いました。

「昼間,牧場の近くでひなたぼっこをしていたら,
 ひつじさんたちが話してるのを聞いちゃったんだよね」
今度はあひるが言いました。

「ええ,たしかに最近,ぼうやと私で数えていました。
 …それが何かいけなかったのでしょうか」
ひつじのお母さんが,
集まっている馬と,やぎと,ぶたと,あひるの顔を
順番に見ながら聞きました。

すると長老らしいやぎが答えました。
「数えられると眠れなくなるんですよ。
 うわさをされると,くしゃみが出るって言うじゃないですか。
 それと似たしくみらしいんじゃが…ご存知ないのですか」

お母さんはなぜ毎日眠れないのかが,ようやくわかりました。
「知りませんでした。どうもすみません。
 人間が眠れない時,いつも私たちの数を数えると聞いて,
 まねをして数えてみたのです。
 ここのところ眠れなかったものですから…」
「そういうことなら仕方ありませんな。
 じゃあ,お互いによい眠りにつけるよう,
 これからは数えあわないようにしましょう」
「そうですね,すみませんでした」
お母さんがあやまると,馬と,やぎと,ぶたと,あひるは,
ぞろぞろとそれぞれの小屋に帰って行きました。

「ぼうや,聞いてたでしょう。
 私たちが眠れないのは人間のせいだったのよ」
お母さんが言うと,小屋中のひつじたちが話し始めました。
「わしも聞いていたよ」
「ここのところ,みんな眠れなかったもんな」
「それなら人間の数を数えようじゃないか」
「そうね! これで人間にも私たちの苦しみがわかるでしょう」
「人間が一人,人間が二人,人間が三人…」
ひつじたちは,いっせいに人間の数を数え始めました。

するとどうでしょう。
しばらくすると,ひつじ小屋に人間の子どもたちが入って来ました。
「あら,うちの牧場の子どもたちだわ。
 それに馬とやぎの牧場の子も,
 ぶたとあひるを飼っている家の子たちも!」
「こんなに早く効果が表れるとはな」
ひつじたちはいっせいに戸口の方を見て,口をつぐみました。

「ほら,ひつじさんたち,起きてる」
「なんか小屋の中がざわざわしてると思ったんだ」
「でもふしぎね,今夜は私たちだけじゃなくて,
 ひつじさんたちも眠れなかったなんて」
子どもたちは,しゃべりながらどんどん近づいて来ました。

「ねえ,ひつじさんたちと外に出て遊ぼうよ」
子どもたちにせがまれて,
ひつじたちは月明かりでうっすらと明るい牧場へと出て行きました。
「ふわふわで気持ちいい!」
「待ってー」
子どもたちが毛皮をなでながら追いかけて来るので,
ひつじたちは一緒にかけっこをすることになってしまいました。
「かわいい! こんなちっちゃなひつじがいる」
やがてこひつじも,人間の子たちと追いかけっこを始めて楽しそうでした。

しばらくすると,子どもたちもひつじたちも,
みんな疲れて小屋に入りました。
そしてお互いにもたれあって,いつの間にか眠ってしまいました。

「あら,ここにいるわ!」
朝になって,牧場のおかみさんたちが,小屋の中をのぞいて叫びました。
子どもたちはお母さんに連れられて,
眠い目をこすりながら帰って行きました。

ひつじたちは,いつも牧場の主人が来る前に起きていましたが,
その朝は一匹も起きませんでした。
「あれ,おかしいなぁ。みんな具合でも悪いのか」
ひつじ飼いの主人が小屋に入って来て,
ようやくひつじたちは,あくびをしながら起きました。
でも昼の間じゅう,ずっと眠くて仕方ありませんでした。

その日の晩,ひつじたちはみんな,早くから寝てしまいました。
夜明けまで人間の子どもと遊んだり,走りまわったりしていたので,
ぐったり疲れていたのです。

牧場の子どもたちも,その夜はそれぞれお母さんのベッドにもぐりこんで,
ぐっすり眠っていました。

「めずらしいな,今夜はゼロじゃ。こんなこともあるんじゃな」
空の上の,眠らずに生きる法開発委員会の部屋で,
当直のおじいさんが言いました。
「誰もひつじを数えないなんて,初めてのことじゃな。
 これじゃあ,眠らずに生きる術の実験が思うように進まんわい…」

おじいさんは,誰かがひつじを数えるたびに押すことになっている,
ひつじを起こすボタンのスイッチを切りました。
「それじゃ,今夜はわしも早く上がらせてもらおう。
 幸い,ひつじたちも早く寝入っているようじゃ。
 この調子じゃ,ほかの動物や人間も起こさんで済むじゃろう。
 しかし,ひつじが人間を数えるとはのう…。
 ひつじも賢くなったものじゃ,はっはっは」
おじいさんは部屋の電気を消すと,仮眠室へと引き上げて行きました。

その夜はいつもより静かで,どこにも灯りはついていませんでした。(終)

©2023 alice hanasaki

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