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夏の日のTHE 1975

 秋の風が風邪という病をもたらしたりする今日この頃。私はあの夏の一瞬を思い出す。

 8月18日、台風がその脅威を見せつけた直後の大阪では、毎年恒例、夏の一大イベントであるSUMMER SONIC 最終日が開催されていた。

 無事に天気は快晴。地面は濡れているものの、開催できるかどうかすら怪しかった数日前の不安な気持ちは綺麗さっぱり何処へやら、熱中症対策必須のフェス日和と言ったところだ。


 ――時刻は18時、朝から調子に乗ってステージに居座ったためか、耳は轟音によってすり減り、体力もほぼ残っていない状況だった。そんな中、最前列の4〜5列後ろという地獄で自分の場所を守る事に必死で奮闘していた私は、どうしてもそこで観たいステージがあった。

 OASIS、The Smithsなどの有名バンドを輩出したイギリスはマンチェスター発の、これまた強大なポテンシャルを持つ4人組バンドTHE 1975
 去年発売された最新アルバム「ネット上の人間関係についての簡単な調査」が、世界各国で盛り上がりを見せたのは記憶に新しいだろう。
 洗練された音と、ロックやポップというジャンルに縛られないその音楽観と、曲によって器用に歌い方を変えるボーカル、Matthew Healyの底力、全てが合わさった結果がそこにはあった。
 このアルバムによって、THE 1975というバンドの虜になってしまった多くの者がいるに違いない。そして、私もその内の一人だ。

 更に、2日前にあったサマソニ東京でのパフォーマンスが、Twitterのトレンドに入るくらいに好評だったということは、今までの期待をより膨らませるのには十分過ぎる情報だった。
 そんな、発展途上とも言えると同時に、これからの時代を背負うことの出来るバンドだとも言えるTHE 1975がどれほどにライブを観せてくれるのか、バンドの登場を待ち焦がれる私は緊張で震える手をぎゅっと握り締め、ただ時の流れを感じていた。

 BGMでLINKIN PARKのNumbが流れる。懐かしい曲だな。

 Billie EilishのBad Guyだ。聴いた周囲の人々が口ずさんでいる。

 BGMが止んだ。オーディエンスの歓声が一斉に上がったあとに訪れる静寂。ここでもう、どうなってもいいと思った。

 もうすぐだ。もうすぐアレが来る。

 これが終わったあとに、死んでもいいとさえも思った。まあ、まだ死ねないんだけれども。

 まだか?

 なかなか焦らすなと思ったその瞬間、ついにそれは、

Go Down Soft Sound


 その瞬間、私の口は大きく開いていた。この1日、散々使った喉が悲鳴を上げ、声が裏返っているのもお構い無しに、”Go Down Soft Sound"と発音。今までの期待を、まだバンドメンバーすらも登場していないこの状況で爆発させたのは、抑えきれない高揚感あってのものだった。

 アルバムでもお馴染みのオープニングSE「The 1975」、CD音源と何ら変わらないのだけれど、音源の何倍もの感動がある。これを聴くだけで、今からTHE 1975のライブを観るのだという実感が湧いて、叫ばずにはいられなかった。

 SEが終わると、バンドメンバーが登場する。東京公演では日本酒を飲みながら出てきたそうだが、大阪ではそんなことはなかった。

 続いて、最新アルバムの曲順は崩さずに「Give Yourself a Try」、「TOOTIMETOOTIMETOOTIME」へ。

 この3曲の流れがライブで聴けるなんて、気持ち良いとしか表現できない。
 Give〜ではサビで合唱が起こっているのか起こっていないのかわからないくらいにMattyの声と自分の声がごちゃごちゃになって、普段聴いている曲と全く別物になっていると感じたし、TOOTIME〜はGive〜の流れでモニター上にいっぱいのTOOTIMEが出てくるのが集合体恐怖症にはキツいだろうなぁと思ったり、one time〜two time〜では指で数字を作ってみたりして、正に気分はお祭り。
 特にこのTOOTIMETOOTIMETOOTIMEはカラオケに行くと必ず3回ほど歌っていて、「英語よくわかんない」な私でも完璧に歌詞を覚えられる曲だったこともあり、まるでTHE 1975と一緒に踊っているような錯覚までも起こしていた。

 2ndアルバム収録曲「She’s American」に関しては本当に聴けるのだろうかという不信感すらあったのだけれど、無事に聴くことができた。夕焼けにハワイを想いながら聴きたかった曲。ギリギリ夕陽かな? という空を眺めながら、舞洲の地で聴くShe’s Americanは考えていた景色とは少し違ったけれども、素晴らしいものだった。

 この辺りから歌うだけじゃ気が済まなくなって、メンバーの名前を呼んでいたら、Mattyと目が合った気がするのだけれど、これは気のせいなのだろうか?

「Sincerity Is Scary」〜「It’s Not Living (If It’s Not With You)」〜「I Like America & America Likes Me」

 これまた最新アルバムから。けれど、3曲目までと違って。アルバムの流れを崩した曲順だった。今まで聴いてきた順番と違うともうその流れは斬新に聴こえる。

 全てを1番聴きたい曲と言いたいところだけれど、どうしてもSincerity Is Scaryが頭一つ抜ける。とびきりオシャレなサックスとピアノの不安定なのに綺麗な旋律とは対照的の面倒くさい歌詞が印象的なこの曲は、初聴の段階で「あっ……いいかも……」と頬を蕩けさせるような恐ろしい楽曲なのである。
 そんなSincerity〜を演奏する時にMattyは、恒例ともいえるピカチュウのようなヘンテコな帽子を被り、煙草をふかせながら登場する。今回も同様だった。
 時々あまりにも頼りない顔をするMattyだけれど、実は煙草がよく似合っていたりする。ピカチュウ帽子と煙草の組み合わせも……いやなんとも言えない。
 しかし、個人的には思っていたほどライブでは盛り上がらず、どちらかというとゆらゆらと揺れながらサビでふらっと手を挙げるノリ方が心地よかった。

 It’s Not Living (If It’s Not With You)に関しては、このライブで唯一の心残りがある。多幸感によって脳内麻薬が休む暇なく分泌されていく曲ということで、演奏を始めた瞬間に身体が飛び始め、当然そんな動きが最後まで続くわけもなく、肝心の"Selling petrol!!"と言うところではバテてしまっていてまさかの不発に終わった。やってしまった……こんなはずではなかったと思いつつも曲は進んでゆくので気にしていられない。
 いやしかしこのIt’s Not Living (If It’s Not With You)という曲、聴けば聴くほど喜びが溢れてくる。ポジティブになりたい時に聴きたい曲というプレイリストを作るなら1曲目は迷わずこの曲にするだろう。それ程までに人を幸せにする力があると思う。

 東京公演でネット上までもを騒がせたI Like America & America Likes Meでは、確かにMattyは暴れていた。
 "Would you please listen?"と何度も歌うMattyは命をすり減らして身体中から絞り出したような声で我々に問いかける。
 アメリカの社会問題についての歌詞は、日本に住む、日本人の私の心でさえも擘くメッセージが込められていた。それに例のドバイでのキス事件についてのMCから、この曲に畳み掛けるように突入したわけだから、このライブで特別意味があるワンシーンだったと言って良いだろう。まあ、MC、全然聞き取れなかったんだけど。

「Somebody Else」はバンドの演奏に酔いしれる演出だった。
 I Like〜の終わりとSomebody Elseの始まりは、別アルバムの曲でありながらも繋がりがあるように感じたし、あれだけ迫真のパフォーマンスを観せた後に、こういった落ち着ける曲がくることはある程度予想できた。
会場中がTHE 1975の次なる手に注目しているのが手に取るようにわかる。そんな空気感だった。辺りは徐々に薄暗くなっている。

"Fuck that get money!!"

 なんて言ったりして。意味もわからずにね。でもその時間が永遠に続けばいいと思った。きっとみんなそう思ってた。

 しかし、楽しい時間の終わりは早いもので、アコースティックギターを持ち始めた彼らが次にやるのはそう、「I Always Wanna Die(Sometimes)」。最新アルバム最終曲であり、アルバムで、バンドで最も壮大な曲。
 歌っていることは社会問題や環境問題と比べるとちっぽけな、ひとりの人間のことなのだけれど、その人にとっては一番大きなこと。そんなI Always〜という曲が私は好きだ。

"And I always wanna die, sometimes
I always wanna die, sometimes"

 この歌詞は現代社会を生きる人々に響くのではないだろうか? 少なくとも私は救われた気がした。
 こんな歌詞を、オーディエンスがまるでOASISのDon't Look Back In Angerのように、一体感を持って合唱するのだ。
 どう考えてもこの瞬間がラストだ。ラストの感動だった。

 東京公演が終わった後で「とんでもないものを見た」と言った人がいた。そうだ、これが「とんでもないもの」だ。

 ラストだと錯覚したI Always〜が終わると、まるでアンコールのように、私がSincerely〜と同じくらいに期待していた「Love It If We Made It」が待っていた。

 私の周りが手を挙げていなくて少し驚いた。確かに楽しみ方は人それぞれだ、しかしこの曲を聴いて、拳を掲げずに居られるだろうか? 私は無理だ。薄暗い空に拳を突き上げ、THE 1975めがけてそれを振り続けた。
 何度も、何度もTHE 1975には驚かされる。最初はただ勢いがあってかっこいいから聴いていたこの曲は、歌詞を知って、意味を知って、当初の感想は私からはなくなっていた。様々な過ちを犯してきた人間は、それでも"And I'd love it if we made it"と叫び続ける。それは過去に薬物中毒に陥り、それでもここで最高のライブを観せてくれているMattyだからこそ言える言葉であり、私も、私達も"Yes I'd love it if we made it"と言えるのだ。それを証明するかのように、Mattyはずっと拳を掲げ続けた。そして私も。

 ビリビリと緊張した空気が伝わってくる中、次の曲は「Chocolate」だ。リフと弾むような歌詞、もう誰にも負けない気がした。この曲が流れた瞬間にジャンプして喜んだ人もいた、THE 1975を知らないけれど楽しそうだから来てみたというような人達も体が大きく揺れている。これまでの曲順で、会場全体がそれぞれに楽しみながらも、「THE 1975を楽しむという」同じ気持ちを持ってしまったのだ。

 畳み掛けるように「Sex」へと。ストレートなロックンロールナンバーはモノクロ調の1stアルバムを象徴するようで、ネオン色の2nd、カラフルな3rdの曲とマッチするのかがライブに行くまでは想像がつかなかった。しかし、Chocolate〜Sexと2曲連続で、しかも終盤に連撃されると、流石の私も重い腕を上げるしかなかった。しかも、両腕だ。完璧だった。カラフルに、足りなかった黒色が足されていくような気がした。いや逆かもしれない。元々あった黒(1st)に沢山の色が塗られた、この方が良い。
 My Bloody Valentineが参加しないSUMMER SONICでは間違いなく1番の轟音にプラスして、そこら中から聞こえる歓声悲鳴。そこはもうTHE 1975のワンマンライブ会場となっていたのだ。そして、曲の終わりに、やりきったようなメンバーの後ろ、巨大スクリーンに浮かび上がる文字は、


Rock & Roll Is Dead, God Bless The 1975


 先程までガシャガシャギターを掻き鳴らしていた紛れもない最高のロックバンドが言うことか。

 これまた今日1番の大歓声。パーフェクトなラストを飾ったのだった。



 ここで終わっても、もっと言えばI Always〜で終わってもなんの文句もなかったとだろう。そのくらいに、1曲1曲気の抜けないショーだったし、いつ終わっても満足できるくらい全力だった。でもここで終わらなくて良かったんだ。

  Mattyが言う。「One more song yeah?」会場中が待っていた! と言いたげな大歓声をあげる。
それを聞いたMattyが口ずさむのはそう、本当の最終曲「The Sound」だった。これはアンコール2と呼ぶべきか。

 クラップが巻き起こる。Mattyが「オーサカ!」って言った。来日してくれないから日本嫌いなのかと思っちゃったじゃないか。こんなにも楽しそうに歌って踊って演奏して、日本語まで使ってくれて、思わず「ありがとう」って叫んでしまった。

 盛り上がりが詰まった曲であるにもかかわらず、バックに移されるのはバンドが実際に受け取ったアンチコメント。そんなものは関係ない。会場にいる私達は全員、THE 1975のことを好きになってしまっているのだから。

 Everybody! その声が聞こえた。

 Jump、その単語が聞こえた。

 イチニーサンシー、それが聞こえた時にはもうすることは決まっていた。

"Selling petrol!!"を不発に終わらせてしまったとしても、この曲の、こればかりはやるしかない。

イチ、ニー、イチニー

Fucking Jump!!!!


 私の中では会場中の全員がFuckingなJumpをした。目の前にいたおそらく次のステージのファンであろう夫婦も、隣のライブを通してあまり動かなかった方も、斜め前のライブ中に飛び跳ねていた同い歳くらいの青年も、老若男女問わずFucking Jumpしたのだ。
 人々の口角は自然に上がっていた。The SoundがFuckingな笑顔を作ってしまったのだ。しかし1番高く飛んだのは絶対に私であると言える。それだけは譲れない。

 喉が何回枯れようとも声を出し続けた。最後の一滴まで振り絞り、もう出ないというところまで。

 ステージから彼らが去ったあとも、完成は続いた。ガラガラ声で叫んでいたやつがいれば、それは私だ。相当汚い声だっただろう。

 The Soundが始まった時にはまだ周りは明るい思っていたのだけれど、終わった時にはもう真っ暗で、それでもFuckingライブ中は気づかなかった。

 終わった直後の私には、満足感以上に虚無感があった。

 終わってしまったのだ。何ヶ月も楽しみにしていたSUMMER SONICが。THE 1975のライブが。

 人生で1番の全力を振り絞って楽しんだ。後悔こそ欠片も存在しない。しかし、私は少し寂しく感じたのだった。

 サマソニのラストはTwo Door Cinema Clubに捧げようと思っていたけれど、そんな気力も体力も、この体には残っていなかった。
 言葉を失い、文字通り開いた口が塞がらなくなった状態でバスに乗り込む。そうして、THE 1975がトリを務めた私の中のSUMMER SONIC 2019は幕を閉じたのだった。

 あれからもう2ヶ月が経ってしまった。やっと感想を拙いながらも言葉にすることができてホッとしている。
 あの日、私のような人生経験が浅い人間には到底言葉に表せないような感動と驚きの数々に襲われた。

 ライブを通して見ても、全体的に流れがスムーズでそれぞれに個性が強い3枚のアルバムを混ぜても違和感が全くなく、誰かの言葉を借りるなら「とんでもないものが見れた」と言ったところだろう。

 THE 1975は現時点でも世界最高峰のバンドであることを確信したし、これからも更に伸びていくことを信じている。特に2020年2月に発売される4thアルバム「Notes on a Conditional Form」の要チェックだ。

 SUMMER SONICありがとう。今年1番の思い出になりました。

 THE 1975ありがとう。次なる来日を心から楽しみにしています。

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