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四季 #2

 記憶に残っている、名前も知らない人とのたった数回のやり取りをたまに思い出す。

 私がpixivという大手イラスト・小説投稿サイトに頻繁に訪れていた頃(たまに自作小説を投稿)、サイト上であるひとりの方と知り合った。名前はもう覚えていないし、仮にKさんとする。交流は私が投稿していた拙い文章をKさんが読んでくれて、感想とよければ少し話さないかという旨のDMを受け取ったことから始まった。
 自己紹介のような、他愛の無いやりとりの後、共通の趣味である小説について話すようになった。双方のオススメの小説を一通のDMで送り合う。私は堀川アサコ先生の『幻想郵便局』を挙げたはずである。あれ違ったっけ……?
 対して、Kさんがオススメしたのは時雨沢恵一先生の『キノの旅』だった。何度もアニメ化されている作品であるから、おそらく有名である。しかし当時は私もタイトルすら聞いたことがなくて、ましてやライトノベルだということすらわからなかった。普段他人から勧められたものに対してかなりの懐疑心があり、さらに気分屋でもあることから、勧められた時もまあ今は気分じゃ無いし……といった気持ちだった。ライトノベルというものに触れたことがなかったからこそ余計に不安だったのかもしれない。
 Kさんとの会話はそこで止まった。双方のオススメを送り合い、互いが今度読んでみますね〜という定型文を送って会話は終了。いや本当はもう少し話をしたかったのだけれど、気づけばKさんのpixivアカウントは綺麗さっぱり消えてしまっていた。
 まるで台風である。出会ってすぐいなくなるなんて、狐につままれた感覚である。現代の神隠し。私との時間は遊びだったのね!
 アカウント変更という文化は今も昔もあるわけで、いつかKさんが戻ってくるかと期待していても結局その一瞬のやりとりが最後だった。私はその後もぽつぽつとpixivに顔を出し、ぽつぽつと拙い文章を投稿し、また別の人と少しの交流を重ねた。


 初めてライトノベルという小説形態に触れたのはいつだったか。あれは確かオタク3人組で遠くの、そのまた遠くの映画館へ『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語』を観に行った時のことだ。行きで2時間、帰りで2時間歩いたことは今でも足が覚えている。そんな話は別として、映画までの時間潰しのために本屋に寄った。金欠学生でも1冊くらいは本を買える余裕があったため、何か買うかと狭いフロアの至るところにある商品を物色していた。ドラマ、半沢直樹の原作である『オレたちバブル入行組』を買うか悩み、一旦キープで普段は見に行かないけれど時間があるからという気持ちと、友人も行っているからという気持ちと、ほんの少しの好奇心でラノベコーナーへと足を踏み入れた。
 アニメは沢山見ているのにライトノベルに関してはからっきしで、あっ、これも原作はラノベなんだ、とか言って新たな発見のオンパレードに興奮したのを今でも覚えている。もちろん、『キノの旅』についても。
『キノの旅』を見た瞬間にKさんのことを思い出した。いつかにオススメされた小説が目の前にある。ずっと忘れていたのである。それからの購入スピードは尋常ではなかった。特売で狙っていた商品をゲットできた時でもこのようなスピードにはならないだろう。私は『キノの旅』に興味が湧いたのである。

 実際のところ『キノの旅』は面白かった。地味ではあるけれど、しっかりと構成されたエピソードの数々に、いつの間にか虜になってしまった。それと同時に、Kさんから送られてきた数通のDMを思い出させた。Kさんが何歳で、普段何をしていた人なのかはわからない。聞いていないと思うし、聞いていたとしても覚えていない。ていうか会話という程の会話ができていないし。それでも私にとってKさんという存在はいつの間にかかなり大きなものになってしまっていた。またもう一度話したいと思うこともあるが、このままでよい。思い出のままで。

 当時駄文を投稿するのに使用していたWindows XPはその後すぐにサポートを終了した。もう観に行った映画でラストだろうと思っていたまどマギは、いつの間にか新作映画が絶賛制作中ときた。最後にpixivに投稿したのはもう7年前である。

 最近新たにpixivアカウントを作ることになり、その流れで久しぶりに昔のアカウントを覗いた。今読んでみると顔から火が出るほど恥ずかしいという言葉を実感する。なんだこれは。今すぐに非公開にしたい、が方法がわからない。よくこんな文章を投稿できたものだ。しかも自信満々に。
 私はとりあえず全作品を消そうと思った。これ以上誰かに見られる前に、早めに。


 そして今に至る。実はまだ消していないのだ。恥ずかしいのに、消したいのに消していない。他人が見たら「黒歴史」というかもしれない。思春期特有のアレからくるもの、誰にでもあるはずである。それでも、拙いなりにも伝えたいことがあって、強い創作したいという気持ちがあり、勉強不足の頭を振り絞って必死に自分の言葉で表現しようとしていた過去の自分を、どうしても「黒歴史」という簡単な言葉で片付けたくないし、赤の他人に「黒歴史」と名付けられたくもないのだ。もしそれでも、過去の創作物が「黒歴史」だと定義されるのならば、私はその「黒歴史」も大事にしていこうと思う。

 創作をしていたから出会えた人や作品があって、創作をしていたから今の自分がいる。だから私はいつまでも何かを作っていきたいと思うのである。

 余談ではあるけれど、DMを交わしていた当時の私は思春期特有の変な尖り方をしていた。もしかするとKさんもそれに呆れて退会してしまったのかもしれない。それはないと思いたいが……。この「黒歴史」は流石に自分でも抱えきれないため、潔く忘れるものとする。
 汗を拭いながらオンボロPCの前に座ってDMの返信を考えていたあの頃を思い出すと、決まって冷や汗が出る。

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