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何も成せなかった自分への賛歌

 生まれてこの方、僕は何かをやり遂げたことがなかった。
 思い返せば何かあるのだろうし、「あなたはあれをやり遂げたじゃない」という人はいるのだろう。でも違う、「僕が」認められる「僕の」やり遂げたことがないのだ。

 時刻は23時を回ろうとしている。夜のS駅は帰宅する人であふれかえっていた。僕は自宅へ帰る電車を待って、駅のホームの黄色い点字ブロックの手前に立っていた。
 ひどく疲れていた。仕事が立て込んでいて、明日の事も考えなくてはいけなくて、今日あったミスも反省しなくてはならない、そう思っていた。あれやこれや考えて、反省して、前向きになろうとして、また考えて——向かいのホームを発車する電車を眺めながら、ぼんやりとそんな事を繰り返していた。
 駅のアナウンスが「間もなく電車が通過します」と伝えている。この通過電車の後に来る電車に僕は乗る。
 僕は電車を待ちながらふと、何も成し遂げていない自分を見つめていた。

線路の向こうにライトの灯りが見える。

  思い返せばあれもこれもどれも、中途半端だったと感じる。

アナウンスが「黄色い線までお下がりください」と無機質に伝える。


    このどうしようもない気持ちは
         どうすれば消えるのだろう…。

間もなく僕の目の前に電車が滑り込んでくる。



             そうか、何かを成せばいいんだ。
                    今からでもできる何かを……。

ごうんごうんと大きな音と強い光がすぐ近くで感じられた。


                     なら……
                          それなら……………



今ここで飛び込めば、何かを成した事になるんじゃないか。
×
×
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×
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×
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×
×
×
 気がつくと、電車は僕の目の前を通り過ぎ、もうはるか向こうへ走り去っていた。
 僕は何を考えていたんだ——自分の考えが怖くなった。それでも頭の中は自分の気持ちとは関係なく「何も成していない自分」を蔑む言葉に溢れて、それらが見えない手になってグイグイと僕の意識を線路へ引き摺り込んでいく。
 僕はイヤホンの電源を入れ、なるべく穏やかな音楽をかけた。そして帰りの電車に乗りながら、それをひたすら聞き続けた。
 電車の中で、どうしようもなく叫びたくなったり、目の前のガラスを思いっきり殴りつけたい衝動を抑えた。
 家に着くとすぐに風呂を入れた。いつもより温度を上げ、家のソファーでただただ風呂が入るのを待った。やがて小気味良い音楽と共に風呂が沸いたことを機械が伝えてくれる。とりあえず自分の気になる入浴剤を入れ、焦るように服を脱ぎ、全身をシャワーで温めた辺りで、ようやく気持ちが落ち着いた。
 なんとも言えない気分の状態で湯船につかる。適度にぬるい湯が、今日の疲れを溶かしていく。何も考えずにぶち込んだ入浴剤の濁った色も相まって、自分の嫌なモノが外ににじみ出ているように感じられた。
 ふいに腹の虫が鳴った。そういえば夕方から何も食べていなかった。風呂から出たら何を食べようかな——そう考えて、一人でにやけてしまった。ちょっと前まで電車に飛び込むほど思い悩んでいたのに、今は飯の悩みか。人間の欲求の深さに改めて呆れてしまう。
 何気なく湯沸かし器の画面を見た。お湯の温度は39度、現在の時刻は24時39分。
「さんきゅーさんきゅーか」
 呟いた言葉は風呂場に響いて、四方へ溶けて散っていった。
 こんなどうしようもない、どうでも良い事をおかしく感じてしまう自分に苦笑しつつも、僕は僕の事を少しだけ慰める事ができた。そんな気がしただけかもしれないけれど。
 僕は夜食を作るべく、風呂のせんを抜いて足早に風呂場を出ていった。

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