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30. 赤ワインのグラスの如き薔薇二輪

 チョコレートのカカオにポリフェノールが含まれているが、ワインのポリフェノールも有名である。有名になったのは30年ほど前に話題になったフレンチ・パラドックスだった。

30.赤ワインのグラスの如き薔薇二輪

 ポリフェノールは、人間の体内で作られる活性酸素を取り除く効果があるという。活性酸素は免疫機能の低下を引き起こしたり、動脈硬化や癌の原因になったりするので、ポリフェノールを摂ることは体に好影響をもたらすのである。カカオ以外にも、コーヒーや紅茶にも含まれているが、日本人に馴染みが深いものでは緑茶や蕎麦、大豆などがある。緑茶にはカテキン、蕎麦にはルチン、大豆にはイソフラボンなどのポリフェノールが含まれていることはよく知られている。一時期、赤ワインのポリフェノールが大ブームになったことがある。1990年代初め、ある学者がフランス人は喫煙率が高く、肉やバターなどの飽和脂肪酸を多く含む食事を摂るが、心疾患に罹患する確率が低いという事実を「フレンチ・パラドックス」と名付け、これをフランス人がよく飲む赤ワインに含まれるポリフェノールの好影響であると、分析したのである。この説がフランスから広まって、日本では1997年・1998年に空前の赤ワインブームが起きた。1997年のワイン消費量は前年比141%も増加し、この前年比増加率はいまだに破られていない。相も変わらず、この手の話がすぐに購買傾向に結びつくという分かりやすい国民性を示したのである。何を隠そう、恥ずかしながら私もその一人であった。赤ワインで有名なボルドーの大学教授が発表したのだが、おそらく余程の赤ワイン好きで、ボルドー愛に満ちた人だったのではないか。確かに赤ワインには白ワインよりもたくさんのポリフェノールが含まれているのだが、最近の研究では、白ワインのポリフェノールの分子サイズは赤ワインのものより小さくて体に吸収されやすく抗酸化作用は白ワインの方が高いという結果も出ているという。これによれば赤ワインよりも白ワインの方が体にいいのである。こうなるとフレンチ・パラドックスの原因は、赤ワインだけでなく白ワインも含めたフランスの生活習慣や風土なども何らかの影響因子である、ということになるのではないだろうか。簡単にいえばフレンチ・パラドックスの原因は、ハッキリとはわからないということである。赤ワインブームの時は、噂に惑わされて赤ワインを飲んでいたが、年を重ねた今は嗜む程度に赤でも白でも飲んでいる。年末の歌合戦のようなもので赤白どちらが体に良かろうが、もはやどうということはない。毎日たくさん飲むものでもなし、特に銘柄に拘る訳でもないので、飲みたい方をほどほどに楽しむのが良いということだろう。そして、わざわざ海外のワインを飲まなくても、日本のワインにも味わい深いものがあって、気持ちを豊かにしてくれるものがたくさんあることにも気がついた。

 山梨の赤ワインを飲みながら、榊原英資の『フレンチ・パラドックス』という本を読んだ。十年以上前の本だが、示唆に富んでいた。フランスの経済政策の成功を日本は見習うべきだという論調である。この本でフレンチ・パラドックスは、

 「(フランスの)『大きな政府』『公的負担が大きい』システムが、なぜ、文化的にも経済的にもうまくいっているのかというというところから来ています。『小さな政府』万能論に洗脳された人びとにとってはそれは『パラドックス(矛盾)』でしかないからです。」

  という意味で使われている。日本の目指した「小さな政府」は結果的には格差を増幅させたのではないかという視点である。そして今、日本政府は具体的な形はまだ実感できないものの格差是正を目指して「新しい資本主義」という考え方を打ち出している。大いなる「小さな政府」を目指したイギリスも、その功罪を評価して改革に向かっている。だからといって行き過ぎた「大きな政府」はコスト的には無駄も多いはずでる。それでもフランスの地方の在り方は、日本にとって見習うべきところがあって、

 「フランスは強い中央集権的な政府をもっていますが、一般の人がフランスに行ってまず気がつくのは、むしろ地方色が豊であるということではないでしょうか。(中略)とくに有名な制度としては、アベラシオン・ドリジーヌ・コントローレ-----原産地統制呼称制度(Appellation d'Origine Contrôlée:AOC)と呼ばれるものがあります。ワインやチーズなどで一定の基準を満たしたものにしか、その商品の名前を許さない厳格な制度です。」

 と、フランスが地方をブランド化することに成功していると書く。また、フランスは先進国の中でも出生率が高く、子育て世帯に対する直接給付だけでなく交通や教育に関して子供に対する公共的サービスや女性の労働環境への援助が厚いということも、大きな政府だからできるとも書かれていて、なるほどと思わせる。

 ただ、フランスの出生率が高くなったとはいえ2023年は2.02で、世界ランクで見ると102位、日本は1.39で215位である。1位の国の出生率は6.73なので、大雑把に言えば、先進国の人口は減少していき、発展途上国の人口は増加していく状態が続くのである。環境、食料、水、自然を含めた地球全体の分配問題として捉えるべきだと思うが、誰もその解決策を見出すことができていない。多くの人たちがSDGsを唱えてはいるが、身の回りでの小さな努力はあるものの、戦争や飢餓は続いていて巨視的にはNTW(Nariyuki The World)となっている 。無力さを感じながら山梨の赤ワインをもう一杯飲み、思考を停止してベッドに潜り込んだ。

●榊原英資『フレンチ・パラドックス』 文藝春秋 2010年
●国連統計データによれば、2023年の世界の人口は、約80億4千万人。ワシントン大学の研究によれば、先進国の人口減少は進むものの、2064年には世界全体では97億人まで増加し、その後減少に転じて、今世紀末には88億人まで減少するとしている。

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