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第10章「喝祭」


自分が人よりも手汗をかくというのを知るのは、初めて女の人の手を握った時だった。

小学生の時から同じ学校の同級生だったのに、高校2年生になって付き合い始めたのは、私もあいつでも意外なことではある。私もどうすればよいか当時あまりわからなかった。距離感。会話のペース、内容。表情…。

自分主体の彼女は、付き合ったからといって、付き合う前とは私に向ける眼差しが変わることは無かった。基本的に普段はドライな彼女は、意外にもラインだけは優しく返してくれた。時々とてつもなく面白くないダジャレをLINEで送ってくるのが狂おしいほど愛おしかった。ふとした時に、彼女は普段は言わないような優しい言葉をかけてくれる。そして時々、ちゃんと馬鹿にもしてくれる。そんなやり取りで一日のイライラが払拭されていくこともわかってはいたのだけれど、この女には手を出すべきではなかったと後悔するのはもう少し後のことである。

 橋の上に二人。夜空を見上げながらいつもと変わらない、何気ない会話を交わす。彼女が遅れてきたことに私は、少し腹は立っていたものの、ずっと不貞腐れていてもしょうがない。花火が始まるとわかると、少し体を寄せる。暑いのはわかっているが、多分これであっているのだろう、カップルなんてものは。スーパーフライのなんとかっていう曲がBGMで鳴り響いて、流行りの曲なんか知らない私と、アイドルの曲しか多分聞いていないだろう彼女はあまりわからないまま、そして何の興味も示さないまま、黙って暗黒の空に熱せられた金属片がイタズラに夜空に打ち上げられているのを見上げていた。よくわからないまま手を握る。橋の手摺の上に二つの掌が交差した。緊張と暑さと何とも言えない気持ち悪さで手汗が吹き出してくるのがわかる。彼女は嫌がってはいなかったけれど、嫌ではないだろうか、気持ち悪くはないだろうか。私は花火どころではなかったのは確かである。花火が終わるとすぐに手を放してしまった。

この日の帰りは、再び二人で手をつなぐことはなかった。
花火が綺麗だったかどうかはわからなかったけれど、多分私は花火なんてものよりも、
花火を見ていた彼女の横顔を
大きく透き通った瞳を
高くスッとした鼻を
盗み見ていて、それが彼女にばれないようにするのに必死だった。


彼女と別れて2ヶ月後、その彼女には新しい彼氏ができた。

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