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ALCOHOLIC HERO #4.
4.孤独な老人
原宿駅のホームで電車に飛び込もうとした女性を助けてから4日間経過した。
達也は心配した脳出血や後遺症は出ずに祐介の家で祐介の母、光江の仕事の手伝いを少ししながらゆっくり過ごさせてもらった。
ただ寝ているというのも忍びなかったのと、普段から思考がとまらない傾向にある達也には何か作業がある方が助かるので、自分から光江に申し出てやらせてもらったのだ。
寺院と言っても宗教法人は普通の会社と同じである。
檀家の名簿の整理をしたり、墓地の管理、檀家からの問い合わせや業者とのやりとり、それに支払いなどだ。光江はPCを使うのがあまり得意そうではなかったので、達也が困っているところをサポートした。
書類の封入作業などは、割合に几帳面な達也には、やってて気が紛れた。
とは言え、藤田美和の命を助けてから、不思議と気持ちが平穏なことに自分で驚いている。
祐介の家で飲酒するわけにもいかないこともあったが、それ以上に自分の心が穏やかであり、アルコールで気を紛らわせる必要をあまり感じないことに軽い興奮すら覚えた。
また祐介との時間がまるで学生時代に戻ったかのように楽しかった。
「あぁ。俺は子供の頃から何も変わっていないんだな。」
自分で自分のことをそんな風に思った。
それを口に出すと祐介が「お前子供の頃から全然変わらねーよ。」と突っ込まれた。
そしてたくさん笑って過ごした。
こんな時間が自分にまたやってくるなんて、ODの時に死んでしまわなくて良かったと達也は思うことができた。
祐介の家にずっと居候するわけにもいかないので、達也は荷物をまとめて家に戻ることにした。
「たっちゃん。色々とありがとね。いつ遊びに来てくれても良いから。祐介はパソコンのこととか面倒くさがってやってくれないから本当に助かったわ。」
光江に挨拶をして、達也は徒歩で自宅まで歩くことにした。
住宅街の路地を向けて大通りに出るところで白杖を付いた目の不自由な初老の男性が目に入った。
歩道を白杖で探りながら移動しているが、途中歩道が切れたところで道を見失ったように車道の方に杖をすべらせた。
達也は男性のところまで駆け寄り、歩道に上げてあげた。
「酒臭いな。」
男性は見るからにみすぼらしい格好をしている。白いワイシャツは何となく薄汚れ、背広の下に履くようなズボンはほころんでいる。
「さっき車道歩いてたんで、歩道を歩いた方が良いですよ。」
達也が言うと、
「歩道はねぇ。色々と障害物があるんでね。歩道を目印で辿ってたんですよ。」男が達也に言った。
吐く息が酒臭い。
達也は飲酒の二日酔いの感じを想起して少し気分が悪くなったが男性に言った。
「歩道の真ん中には車止めがありますが、この歩道の端を探れば、障害物に当たらずに進んで行けるんじゃないですか?駅まで行くんですよね?」
「ありがとう。ではそうしてみます。」
男性が答えて同じ方向へ向かって歩き出した。
達也は男性を少し見守ってから自宅マンションの方へ向かったが路地を曲がるところで再び男性の方を見た。いつの間にかまた車道に降りているがもうだいぶ遠くに行っている。
「まぁ今車通り少ないし平気かな。」
達也は自宅に向かって歩き出した。自宅に向かいながら、先ほどの男性のことを考えると何だか気になってモヤモヤした。
あの年寄はそのうち事故に遭うのではないかと考えると、また戻った方が良かったのかとか、自分が一度助けただけではどうしようもないのではないかとか考え出すと止らなくなって来た。
「あぁ。クソ。せっかく気分良かったのに。」今度は逆に段々とイラついて来た。
マンションに付くと、この間、祐介のライブに出かけた時のままの部屋が目の前に広がっていた。テーブルには焼酎やハイボールの空き瓶缶やベッドの脇には愛美のブラジャーが落ちている。
ベッドは乱れたままである。
「あいつノーブラで帰ったのか。どーすんだよこれ。」
散らかっている部屋に余計に気分が悪くなった。
イライラしながら、部屋を片付け始める。達也は部屋が整頓されてないことが本当に嫌いである。あの時はODで退院したばかりで仕事を休んでいたので、結構ダラダラと飲んでしまっていた。
4日間酒を抜いているので、このタイミングを利用して、仕事復帰の連絡も塾にしなければなどと考えながら掃除機をかける。愛美が調理はするが片付けをしないことに腹を立てながら洗い物をする。
掃除もやり始めると色々と気になって、細かいところまで入念に行う。イラついていたが、部屋が綺麗になるに連れて少しずつすっきりしてきた。
ベッドに腰かけて一服したところで飲みたくなったが、コーヒーにしようと思っているとスマホが鳴った。「達也、死相が出てる人見つけたよ。」良悟からである。
20時頃に良悟が車で達也のことを迎えに来た。今日自宅に戻ったばかりだったので、忙しい感じがしたが、藤田美和が死相を見てまもなく電車に飛び込もうとしたので良悟自身が見つけたら早く対応したいと思ったそうである。
「達也飲んでないじゃん?優秀!」
良悟が少し笑って見せた。
「4日飲んでないから、このまましばらく飲まないでいてみる。」
「ずっと飲まないのが良いけどね。お父さんみたいに体壊すよ。」
「断言できないなぁ。」
車で結構走ったところで、良悟が路肩に車を停車した。テレビCMで良く見るような学習塾が何件か入っているようなビルがあり、良悟がそこに通う子が今日受診しに来た時に死相を見たのだと言う。
21時を過ぎて、中から小学校高学年と思われる子供たちがずらずらと出て来た。
「あの子」
「どれだ?」
「あの髪がボブでピンクのカラージーンズの子。」
ピンクのカラージーンズは一人だけしかいなかったのですぐに分かった。
5年生か6年生か分からないが体が結構大人っぽい感じがする。
「あの子、盗癖があってなんとかしたくて親が今日連れて来たんだ。学校の子のものを盗むから、この塾は家から随分離れてるけど、わざわざここまで来てるみたい。達也、何か降りて来ない?」
「いやぁ。特に何にも。」少女は塾の前を離れ、待機していたと思われる親の車に乗り込んだ。「ちょっと追いかけるね。」良悟がエンジンをかけた。
少女の家はそこから20分ほど離れたところにあった。
車から先ほどの少女が降りて家の方に向かって玄関まで入る様子を見たが、特に何も起きては来なかった。彼女の家の前を通過してから良悟が聞いて来た。
「どう?」
「いや。特に何も今回は感じないけど・・・。」
「でも確かに今も確認したけど死相が出てるんだよね。今すぐってことじゃないのかな。」
残念そうに言って良悟が達也の家の方向に車を走らせた。達也の家の近くの大通りにさしかかったところで、昼間見た目の不自由な老人に達也が気が付いた。歩道に立っているが達也が言った。
「良悟、ブレーキ踏め!!」
「えっ!?」
良悟がびっくりして急ブレーキを踏んだ。達也助手席を降りて、老人の方に向かう。
「目が見えなくたって、自殺を事故として片付けられるかどうかなんて分からないですよ。」達也が男に言った。
男が達也の声がする方にびっくりしたように顔を向けた。
「とりあえず、ここ危ないんで早く車に乗ってください。」達也が少し強引に良悟の車に男を連れて乗った。良悟が男の顔を一瞥して納得した。「なるほど。」
男に家を尋ねて良悟が車を走らせた。
くねくねした住宅地を進み、古い感じのアパートの前に車を停めた。
「杉山ハイツって書いてありますけど、ここで良いですか?」男が頷いたので、達也が後部座席のドアを開けて先に降り、男の腕を取った。
寂しさや孤独、そして自分の人生に意味がないと言うような感情が腕を通って達也の中に入って来た。胃の辺りがずしりと重くなる感覚がした。気分が何となく悪くなって行く。
「何号室ですか?」達也が尋ねると「202号室です。」と男が答えた。202号室の前まで連れて行き、部屋に入るところまで確認してから良悟の車に戻った。気分が非常に良くない。あの老人から臭う酒臭さもストレスになっている。
車に乗った良悟が達也に尋ねて来た。
「あの人、車道に飛び出そうとしたのかな?」
「多分。目の不自由な自分が車にひかれたところで、事故で片付けられるって思ってた気がする。」
「え~?交通死亡事故なんて僕はごめんだよ~!」良悟の顔がひやっとした。
「でもあの人、死相が消えた訳じゃなかったよ。車降りてく時に確認したけど、顔に死相が張り付いてる。僕の車では死なないかもだけど、大型車両とかに飛び込んだらまずいよね。」
「良悟。あの人は助ける必要があるか?」
「え?どう言うこと?」
「あのじーさんの腕を取った時に色々と入って来たんだよ。人生に絶望してる。目の悪い自分が車にひかれたり、電車にひかれたところで事故になる。それを狙ってる気がする。」
「達也、それ分かってて放っておくの?!なんでだよ?」
「だって、助かったところで意味あるか?完全引きこもりでアル中のじーさんだぜ?生きてる意味ある?事故で終われば、周りも可哀そうだなで終わるじゃん。」
「達也はなんでそんな考え方するのさぁ!やっぱりお前病気だよ!」言いながら達也の家に良悟が向かった。
「また、連絡するから、達也、飲むなよ。」良悟と別れ、部屋に戻ったが気分が悪く、どうしようもなくなっていた。
塾で見かけた少女はこれからの人生だまだまだやり直しが利くだろうし、助ける価値はあると思う。
しかし、先ほどのじーさんはどうだ。達也は何となく自分の未来を創造して絶望してしまったのだ。
愛美にラインをし、自分は24時間営業のスーパーに足を運び、ビールやハイボールを手当たり次第に買い込んだ。
スーパーを出たところで我慢できずにビールを空けて、飲みながら自分の家に向かう。
今日の昼間に飲まないと誓ったばかりである。
ビールの一口目に安心感を得たが、それはすぐに自己嫌悪に代わった。
家に到着するころにはもうビールは空っぽになっていた。
衝動的に家を出たので、部屋の鍵が開いている。
「たっちゃん?」
ワンルームから愛美が顔をのぞかせた。
「あたしも一人が辛かったんだ。」
愛美が力ない笑顔を達也に向けた。
#4.END
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