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桃沢さんと冬の三軒茶屋

2022年12月。冬の三軒茶屋。
田園都市線を下車して桃沢さんと合流する。
僕の風貌を見るなり「薄着すぎるだろ」とこぼした。
そんなことはなかったので「そんなことないですよ」と答えると「強がるなよ」と返される。
本当に寒くなかったので「寒くないですよ」と答えると「絶対寒いだろ」と返される。
こんなやり取りが3分くらい続き、僕が「あったかいですよ」と言ってこの会話は一段落した。これに関しては綺麗な嘘だったので、不意に申し訳ないような気を起こしてしまった。
桃沢さんは最後の嘘を見て取ったかのように目を細めて、後腐れなく沈黙した。信号待ち…。

去年買ったダウンが今役に立っていることを嬉しそうに話す桃沢さんが、ポケットの中で手をパタパタさせているのを見てなんとなく冬だなぁと思った。
リズムが心地よく、うっかり羽が落ちてきそうだった。

一軒目のお店に入って瓶ビールを注文。
黒ラベルと赤星の違いを考える。一本ずつ飲んでみると、一番の違いはキレでもコクでもなく、迷った時言葉にしやすいのが黒ラベルで、しにくいのが赤星だとわかった。あるいは、高倉健さんが「幸福の黄色いハンカチ」で飲んでいたのが赤星。三船敏郎さんが「男は黙ってサッポロビール」と言ったのも赤星。結局味の違いではなかった。
もつ煮を食べて「冬だねぇ」とつぶやいたのを聞いて、そうか、やっぱり冬なんだと認識した。

二件目の店で飲み直す。
桃沢さんは芋、僕は麦焼酎のソーダ割りを2杯ずつ。
炭酸は落ち着くと、傾けた時の氷の音が優しくなるので、ソーダ割りは二度楽しい。
2本ずつ大人しく並んだ串の盛り付けが上品で、お皿の余白が誇らしげであった。

帰り道。
「酔ったねぇ」と言って本当に酔っている人は素直でいいなと思う。風の音が冷たい。
眠たそうな後ろ姿を見せて帰っていく桃沢さん。

冬の三軒茶屋。
改札もまた、眠たそうに並んでいた。
地下鉄が暮れたそうにやってくる。停車。暖房までの距離1メートル。鼻をすすった。
やはりもう少し厚着をしてくればよかったなと数時間前の嘘を思い返した。駅のホーム。

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