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荻野とあの頃のあの子

ひっそりと、日は暮れようと待ち侘びる。
薄暗い街にぽつぽつと明かりを落とす駅前。新宿西口。
空の色が建物の背に同化していく。

小田急線の改札付近を探り歩いていると、控えめな声に足を止めた。
傍らに顔を出す荻野。「やあ」という会釈が似合うように、手短な所作を見せる。

旧青梅街道の標識を横目に、横断歩道へ踏み出し、白い鍵盤を鳴らす。重低音がした。
アウター越しに肌を刺してくる寒さに、2人並んで表情を歪める。

大ガードの交差点へ向かう途中、今度は弾んだ声に足を止めた。
振り向くと、にゃんこスターのアンゴラ村長さん。既視感のある灰色のリュックを見つけ、その存在を荻野と認識して声をかけたらしい。
大都会の片隅で、観たことはないけど好きかもしれないあの映画のシーンを思い出した。

小滝橋通りを脇道にそれ、ネタの話などをしながら店前まで歩く。
帰り際に写真を撮り合っていた2人。
それは、まだ高校生だったあの子と一緒に観たかった映画かもしれない。

アンゴラ村長さんと別れ、2人でお店に入る。
黒い扉が隠れ家のように演出されているが、中は明るく和やかな雰囲気。
荻野はウーロンハイを頼み、「炭酸を禁止にしてるから」と口元を緩める。
願掛けで炭酸を断つ人を初めて見た。こちらこそ気が抜けそうになった。

さっぱりした料理を気さくに味わい、熱燗を注文する。
徳利を傾けると、穏やかな湯気がお猪口から店内を澄んでいく。
木材の心地よい色が透明さに反射していた。

箸が進むとお酒にも手が伸びる。話も弾んでいく。
ぼんやりとだけ記憶に残っている彼の学生時代。
過去の体験が、さりげなくお笑いの中で芽を出していそうだなと思った。

海外へ行ってみたいとつぶやく荻野。
横顔の真面目さに不意を突かれる。
ふらっと1人で海外へ。その顔のままで声だけをわずかに緩め、そんな人生を「美しい」と評した。

店を出て「美味しかった」と心からの一言。
ぱっと爽快感が彩る。

帰り道。
異様なまでに冷え切っている空気に恐れながらも足を小刻みに進めていく。
灰色のリュックを背にして急ぐ後ろ姿を見送る。
予告編…。映画のタイトルが頭を駆けていった。

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