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※取扱注意※鏡も〇〇も△△も増幅装置

余談ですが、日本では古代より、自然崇拝・アニミズム信仰の為、山や樹木、岩、滝などの自然物をご神体としていた為、古神道、古典神道の神社では、本殿・神殿が無く、拝殿のみだったりもします。社殿と呼ばれる建物が設けられるようになったのは、だいぶ後の話です。

一般的に太陽を指しているとも云われる。日本の神社では、鏡(神鏡)は、神社のご神体そのものとしてしてお祀りされていたり、もしくは本殿のご神前にある場合もあります。森羅万象すべてを遍く照らす「天照大御神(アマテラスオオミカミ)」を最上の神様(太陽神)としてお祀りしています。

そして、ここからが本題ですが、参拝する時は、鏡に映った自分に対して、祈っていることになります。また、良く知られている通り、「カガミからガ(我)を取るとカミ(神)」になります。だから、本当の神は、奢らず、偉ぶることもなく、はるか昔から多くの人々の崇敬を集め続け今に至ります。

ただ、我やエゴ(依存心)を完璧に消し去ることは、生身の肉体を持った人間には不可能でしょう。でも、だからといって、エゴ丸出しで、私利私欲・傍若無人な生き方をしていたり、または自己否定・卑下したり何事にも消極的で受け身で、自分は大して頑張らないけど「ご利益ください」では、

その『鏡に写っている自分が神』だったとして、
叶えてあげたいでしょうか?応援する氣持ちになるでしょうか?

エゴ全開で欲にまみれているなら、我が減るどころか強大になってますし、
自己否定・卑下は、神を、見下し、バカにしていると同じで傲慢な所業
自分を嫌いなのは、神を嫌っているのと同じこと。
自分を雑に扱っているのは、神を雑に扱っているのと同じこと。

鏡の法則でも、よくある話で、
自分が誰かにイライラを感じた時は、
(過去や今)誰かが、自分へイライラを感じています。

自分の話を「(子供や部下が)聞いてくれない」現実が目の前にあるのなら
(過去や今)「人の話を聞かなかった自分」がいます。

かの著名なエドガー・ケイシー氏も『自分が蒔いた種は必ず刈り取る日が来る。自分が陰であれ公であれ発した一言一句も全て申し開きをしなければならない(時が来る)』と言っていたり、

書道家の武田双雲さんが提唱されている「丁寧道」では、「日常生活の一つ一つの動作・所作に、リラックスとエンジョイを入れていく」「モノでも花でも何にでも好奇心を持って、愛でる、味わう、楽しんで」生きていくと、「周囲に(自分を)楽しませてくれる人が集まってきたり、金運・モノ運・人間関係運などトータル的に運が良くなってくる」旨お話されてましたが、

まさに、生きる姿勢・在り方通りの人生になっていく。
すなわち『人生を創造しているのは、自分』なのです。

京セラ創業者でKDDIも立上げ、経営破綻したJALを再生させた故稲盛和夫氏は、KDDIを発足させる際、決断に至るまでの半年間、常に「動機善なりや、 私心なかりしか」と自問自答していました。当時、民営化されたNTTの独占状態で新規参入が無い業界で、欧米よりも高い通信料金であった為、何もノウハウのない通信事業にもかかわらず、「国民のために通信料金を安くする」という、まさに無私、利他の心で立ち上げるに至りました。だからこそ、沢山の応援・支援が得られ、今日の成功に繋がっています。

鏡の話に戻すと、「鏡は、大きいほど氣を増幅する」であったり、神道の世界でも「鏡は氣(エネルギー)を増幅させる」とも言われており、

古神道では「自霊拝」、そして、なんと天皇が日々執り行われたとされる「御鏡御拝(みかがみぎょはい)」など、鏡を使った儀式がありますが、
これからという方は、ネット上でも「鏡のワーク」もしくは「ミラーワーク」と検索すれば、やり方の解説ページや動画も出てきます。

神社参拝時はもちろんですが、身支度・身だしなみを整えたり、御化粧したり、ドライヤーで髪を乾かしたり、お手洗いで手を洗う時など、
毎日のように、鏡の前に立つタイミング・時間が何度もあるわけですから、
せっかくの増幅装置を活かさない手はありません。

自分に自信がない方や、自分を嫌っている方、何でも人のせいにしたり、
いつも不安や恐れで焦ったり、グルグル思考している方も、まずは一度やってみては如何でしょうか。

自分を否定していたり、自分を嫌っていたり、自分を雑に扱っていれば、
誰かから、否定されたり、嫌われたり、雑に扱われる現実を引き寄せます。

でも逆に、鏡に写った自分に対して、励ましたり、感謝を伝えたり、
労ったり、微笑みかけたり等々、まずは、
自分が他人からされたい事を、鏡に写った自分に対してやってみましょう。

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