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どうか地獄にも行けず泣きじゃくってください


人間としてこの世に生まれ落ちているからには
「父親」「母親」となる存在がいる訳で。
勿論、私にも両親は存在するのだがすでに父は他界している。

離婚し、長らく連絡もつかず、どこで何をしているのかも噂程度でしかわからなかった父が死んだのは丁度私が20歳の誕生日を迎えた月だったらしい、私はそれを何故だか成人式のその日まで母から知らされなかった。

母よりも年下の父はそれはもう滅茶苦茶な人だった。
酒も、女も、暴力も当たり前だったし、何より働かない、にも関わらず一丁前に売れもしないバンド等やっていた。
側から見ればそんな男と結婚した母も母なのかも知れないがこの2人がいなければ私は産まれていないのでそこは感謝したい。

当時かなり若くして結婚した2人は親からも見放されていたそうで母は大変な苦労していたと大人になってから聞いた。

小児喘息を患い、発作で死にかける私を病院に連れていく為に母は父に助けを求めるも、当時は携帯もなく、金がないから固定電話も無い、既に酒に酔っていた父は「勝手にしろ!」と謎にキレて暴れ出し、冬の夜中をタクシー代も出せなかった母は私をおぶって遠くの救急に歩いて行った事もあったらしい。

父親の頭のネジは完全に外れていて色々とヤバいエピソードはあるのだが到底文字に残して良いものとは思えないのでこれを読んでくれている人が実際にもし私に出会う機会があって興味を持っていただけたら是非笑い話程度に聞いていただきたい。

そして小学2年のある日、母が「ランドセルと大事なものだけ持ってとりあえず車に乗りなさい」と言うので言われるまま車に乗り、母方の祖母の家にやってきた夜、父が大激怒して乗り込んで来て祖母宅のまぁまぁ立派な植垣や花壇をゴジラの如くボロボロに破壊して行った事は今でも忘れられない。

正直、私は幼い頃、父が怖かったし、よく理解できなかった。

家にいない時の方が多いのに、帰ってくると理不尽に大暴れし、家の中を盛大に壊し、怒鳴り散らす。
金遣いは荒く、私の貯金箱まで持っていく始末だったし、母の友人とも浮気する様な最低な男で、気に入らないことがあれば我が子だろうと関係なく殴る、蹴るは当たり前だったし、何度も吹っ飛ばされた。
その癖、全てが落ち着くと母に泣きながら「大切だ、愛してる、見捨てないでくれ」と子供の様に泣き縋る。

そんな姿が私の脳にぼんやりと残っているのだ。

ただ、自分が大人になり、今考えれば父は私と同じで非常に寂しがりやで可哀想な人だったんじゃないかとも思う。

酒に溺れるのも、酔って人を殴るのも、浮気をするのも、上手く生きていけない事が辛くて、何かに寄りかからないと立っていられない弱い人間。

当たり前にこれは許さる事ではないし、父は圧倒的に間違っていたし、欠落していた。

でも母の事も、家族の事も、心底憎い訳では無くてただ、自分の側から人が離れていく事を異常に怖がっていたんじゃないだろうか。
嫌われるなら、捨てられるなら、先に全部壊してやろうと言う盛大に間違った防御。
そんな中できっと父にとって母は菩薩の様な存在で救いだったんじゃないかと思う、なのに馬鹿な父は自ら蜘蛛の糸を引きちぎってしまった、だからあんな若くして死んでしまったんだ、と

結局はこれは私がそう思っているだけで、死人に口無し、事実は闇の中なのだがそれが私は少しだけ切ない様な気もしたが、やっぱりざまぁみろとも思ってしまった。

父はきっと地獄にすら入れて貰えず、まだ何処かで子供の様に1人で泣きじゃくってるんだろう。






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