見出し画像

ゴチャマゼになった日常とChelmico『maze』

ブルージーなギターフレーズが鳴り響くと、スカのようなリズムがテコテコと入ってくる。それが日曜夜12時の楽しみだった。へんてこな動きと、自分が魅了されたものに熱と時間と労力をかける高校生たちの日々。それに憧れのような、励ましのようなものを受け取っていた2020年1月。

友人たちと「映像研」について毎週語り明かしてことが遠い昔の思い出になりつつある。たしか、最終話は3月だったけど、いつ見たんだっけ?2020年3月以前のことがうまく思い出せなくなっている。

気がついたら目に見えないウィルスに対する「不安」と「慢心」の間で踊らされ、流れてくる報道や発表に一喜一憂することに、慣れてもいないし、飽きてもいない。おそらくこの先も。

徐々にではあるが、ライブハウスは戻ってきた。映画館も両隣を開けた状態で上映を続けている。本屋も開いている。ただ、おそらく完全に元に戻ることはない。無くなった場所を挙げればキリがない。

「映像研」に熱狂していた2020年1月から、世の中は確実に変わっている。その変化のなかで失われるものが自分が大切にしていたもので、変わらないものが自分が嫌いな価値観や制度だったとしたら?そう考えるだけで、鬱々とした気持ちになる。ウィルスによる不可逆なうねりと、さらけ出された世の中の綻びに流されて溺れたままだ。

そういえばChelmicoの新譜を聴いたとき、今年もライブに行こうと思っていたのにな、ということを思い出した。

このアルバムは「映像研には手を出すな!」のオープニングテーマである「Easy Breezy」から始まる。

この曲がリリースされたのが2020年の1月だった気がするが、すでに昔の曲のように思ってしまうのは今の状況が生んだ不幸か。

ダンスホールのビートのなかで「From 東京から13時間/音楽聴いてりゃ約3時間」とラップする「Terminal 着、即 Dance」も、夏に聴くとさぞ気持ちいい楽曲になったはずが、失われた海外への憧れに思わぬ郷愁を覚えてしまう。Chelmicoの底抜けの自由さとルーズさの魅力が、予期せぬ状況によってうまく楽しめなくなってしまっている。

しかしどうだろう3曲目「Jiki」以降の楽曲は今のごちゃ混ぜになった日々にフィットするように聴こえるのである。別にリリックの内容が変わったわけではない。奔放さとルーズさ、そして日常の機微に対する視点を持った「Chelmicoらしい」ものがほとんどを占める。

ただ、不穏なサブベースと、キックの音の厚み、そして一貫した気だるさのなかでテンションが高低が変化していく彼女たちのラップが今までの彼女たちの楽曲とは全く異なる印象を与えているのである。先行シングルの「Limit」も、目まぐるしく変わるビートと、ワークアウトのめんどくささを歌った平坦なラップによって、時代の空気感に絶妙にフィットしている。

こうした「ゆるいけど少し不穏」な作品の核を成すのは、間の抜けたフレーズで霊体験を歌った「いるよ」と、長谷川白紙が作り上げたつかみどころのない高速ドラムンベースのトラックうえで幼少期の妄想をラップする「ごはんだよ」である。ここから十二分に今の彼女たちの表現の幅が広がったことがうかがえる。ただ、これだけで終わらないのが、RachelとMamikoのChelmicoたる所以だ。

後半の「Disco(Bad Dance doesn't matter)」と「エネルギー」は、ダンスフロアで一晩踊り明かすような享楽性を、トラックとリリックとラップによって徹底的に表現した。そして、奇しくもこの2曲はアルバムのなかで数少ない、自粛期間中に作られた楽曲である。

2014年のシブカル祭で結成された「ライブユニット」である彼女たちがいまダンスフロアを求めて歌うことの必然性と、日常に漂う気だるい不安を消し去ろうとするエネルギーを感じる。ChelmicoはChelmicoらしく、自分たちがいま感じている閉塞感へのカウンターを打ち出していたのである。

ただ、やはりこの曲を大きなステージとスピーカーで聴けないことへの寂しさと、やるせなさは感じてしまうのだけれども。そうした感情を包むのは、「milk」と「GREEN」のような慈愛に満ちた声と言葉である。

二人は、ゴチャマゼになってしまった日常を、ゴチャ混ぜのままに包み込んでしまった。逃避するでもなく、シリアスに考え続けるのでもなく、日常の鬱屈と向き合いながら前を見ようとしている。溺れたまま、泳いでいる。

日常が戻ってこようとしているなかで、自分のなかにある感覚だけを信じて、進むしかない。まさか彼女たちのアルバムで、こんな混沌とした気持ちになるとは思わなかった。それでも、バーチャルなステージに立つ姿を観て、変わらない肯定感とピースフルさを確かに受け取った。

夏が終わった感覚のないまま、夏が終わった。季節ですらよくわからない、悶々とした季節のサウンドトラック。それがChelmicoの『maze』だ。

天気予報では涼しくなるのに台風が来るらしいし、感染も収まっているようで広がっている。それでも彼女たちのように、溺れながら前を向くかない。

(ボブ)

サポートは執筆の勉強用の資料や、編集会議時のコーヒー代に充てさせていただきます