見出し画像

私たちはまだ滝沢カレンの面白さを語る言葉を知らない。

今年の1月頭に『女性自身WEB』に『グータンヌーボ』についての文章を寄稿させていただいた。これは『グータンヌーボ』における滝沢カレンの魅力ついての文章、といってもいいかもしれない。

ここでは、”ソクラテス”や”神田伯山”が象徴するような「ツッコミ」に制限されない番組でこそ滝沢カレンの才能は爆発すると書いた。

ただ上の原稿では、滝沢カレンの面白さを固有の言葉で説明できていない。あくまでも番組演出の違いが、彼女のキャラクターの発露のさせ方の違いを生んでいることを指摘しただけだ。あれから私は、滝沢カレン固有の面白さを説明できる言葉を探し続けていた。

まず、彼女がメインを務めるレギュラー番組や特番の番組概要ページでどのような言葉が使われているかをみてみる。

「滝沢カレンが理解できれば、視聴者みんなが理解できる!」というコンセプトのもと経済情報や話題のニュースなど様々なテーマの情報を学ぶ新感覚のお勉強バラエティー!
 (『ソクラテスのため息』HP 番組概要より)

100年ぶりに現れた講談界のスーパースター!「今チケットが取れない講談師」として話題の神田伯山がロケに行く!その模様をスタジオにいる滝沢カレンと共に見て、あーだこーだと反省する番組。
(『伯山カレンの反省だ!』HP 番組概要より)                                                                                     
モデル・タレントとしてテレビで見ない日は無いほどの人気者・滝沢カレン。そんな彼女が今年一番やりたいこと…それは「舞台」。しかし、彼女が挑戦するのは、出演者として舞台に立つことではなく、”脚本&演出”に初挑戦し、ゼロから舞台を作り上げること。
(『滝沢カレン一座』HP 番組概要より)

ことごとく滝沢カレンのキャラクター性に頼り、あえて特定の言葉を使っていないのがわかる。「売れっ子タレント」とは得てしてそういうものという見方もできるかもしれない。ただ、滝沢カレンは(初期)ベッキーとは違い、自分から足し算的にボケにいくタレントである。

画像1

繰り返しになるがその才能の担保していたのが昨年までレギュラーを担当していた『グ〜タンヌ〜ボ2』であった。滝沢カレンの「足し算的なボケ」は例えば以下のようなシーンに見られた。

恋人とのアルバムを作っていたか、という話題で

滝沢カレン:「アルバムとかつくってたんですね」
小春(チャランポランタン):「私のは燃やしちゃったよ」
滝沢カレン:「危ないですよ、東京で燃やしたら」
田中みな実(@スタジオ):「現実的〜 笑」
(『グ〜タンヌ〜ボ2』2019年8月27日回)

このようなボケ癖をどう説明したらいいのか。直近では、3月14日に放送された『有田Pおもてなす #69有田Pのコンコントントン 滝沢カレンがコントを執筆』で、

滝沢先生から台本が届きました。そこには先生らしいエキセントリックな表現の数々が。
(有田Pおもてなす #69有田Pのコンコントントン 滝沢カレンがコントを執筆)

と「エキセントリック」という言葉が使われていた。が、どうもしっくりこない。ここで番組内で披露されたコントを書き起こしてみる。

このありがとうを伝える会は隔週で
行われていて、思い切りありがとうを
大切にする集まりです。
ありがとうを言う時に
カーペットをひいてあげる感覚で
様々な効果音を添える。
すると「ありがとう」という言葉が
より強調され、意味を持つ言葉に
なるんです。その効果音とありがとうの
組み合わせを日々研究している会です

(『ありがとうを伝える回』)
ウソみたいな人間が2人
(師匠・弟子)出てくる

(『罠と男とジャングルで』)

感じるのは、彼女のコピーライティング的センスだ。

「『ありがとう』という言葉がより強調され、意味をもつ言葉になるんです。」

「ウソみたいな人間」

これらの設定や台詞には、「そういえばそうだ」と思わせるコピーライティング的なセンスが光る。私たちは、日々の”ありがとう”という言葉に意味を込めていないし、”ホントの人間”をわかった気でいる。

私たちの日常感覚をフリにしてボケる広告的センスが彼女の面白さを下支えしているのではないか。そう感じた。

WEBサイト『好書好日』での、「名作の続き」を彼女が書きおろす連載『滝沢カレンの物語の一歩先へ』でもそんなセンスを垣間見れる。

「『テレビ的』女性タレントの存立不可能さ」が叫ばれる時代に彼女は新しいタレントのあり方を開拓するのではないだろうか。


サポートは執筆の勉強用の資料や、編集会議時のコーヒー代に充てさせていただきます