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堂々巡りのランドリーランド

たくさんのライブハウスやホールで働いてきたけど、好きだったのは観覧車が見える現場だ。

日が沈み始めてきた新木場COASTの入場口は、気温よりも風の匂いの変化が目立つ。川と海の中間くらいの水を含んだ風の、癖のある香りが好きだった。
海沿いの会場は、観覧車が見えることが多い。横浜も新木場も、お台場なんて観覧車の真下がライブハウスだ。
日中は水色と青をバックに清々しくそびえているくせに、夜はカラフルなイルミネーションが黒ずんだゴンドラの塗装を照らす姿が不気味だった。昼夜問わず一日中、小さくギィギィ、大きくゴウゴウ音を立てながら回転し続けるそれは、建造物というより乗り物なのだから不思議なものである。

ゴンドラに乗った側からすれば、上昇していく興奮、恐怖と期待が混じる頂上付近、意外と下りも長い後半戦と、一周がドラマティックな時間かもしれないが、外から見る分(特に真下から)には、繰り返される諸行は無常、不敵さビンビンである。

無情な周回を見上げながら、ダラっと入口配置の時間を過ごすときはたいてい客席が盛り上がっている時間で、暇なときは15分くらいかけて一周するそれをずーっと眺める。

するとやっぱり、観覧車は「グルり」で終わるからちょうどいいのであって、「グルグルグルグル……」だったら耐えきれないと確信する。ワクワクと恐怖と退屈と物足りなさが混在する時間があまりに長いと、きっと絶望が顔をのぞかせてくる。

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突如!!
複合的な要因によって発生した天変地異が、東京湾の水位をいっきに上昇させた!!
舞台となるお台場全域も、海に沈む。
フジテレビもパレットタウンも水没したが、唯一溺れなかったのが、大観覧車!!
従業員もろとも波に飲まれたせいで、電源を切られる暇もなく、内側から鍵が開かないゴンドラは、83名を乗せたまま延々と海上を回り続ける。
水面に近づき、遠ざかりを繰り返す、電波も通じないそれぞれの密室でそれぞれが極限状態を迎えたとき、最高齢の老人が目を覚ました。
陸軍に所属していた老人を起点に、手話的言語が一斉に拡散され、水に囲まれた惑星のように周回し続ける大観覧車は、何より必要としていたコミュニケーションを獲得したのだった!!

これは、古川日出男の短編『gift』に収録された僅か5ページの短編「台場国、建つ」で描かれた世界だ。独自の言語を用いて励ましあうゴンドラと、人々の希望とは無関係のところで回転する観覧車の恐ろしさを感じてからしばらく経つ。

この物語を初めて読んだときは、もちろん津波を想像したのだけど、いま読み返すと、ウイルスから逃れようとする人々が精神的な自衛を求める姿とかぶる。

感染拡大が明らかになったばかりの中国や、現在のイタリア。外出を極力控える様々な国と地域で撮影された、マンションのベランダから歌や言葉で励ましあう人たち。
実際に行動できない人たちの痛みや疲労は計りしれないけど、生の言語で生まれた連帯意識にすがりたくなる気持ちは何となく、わかる。

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何度も何度も足を運んだライブハウスもホールも、仕事で行くことはもうないだろう。
家と駅と、松屋と喫茶店と、居酒屋とバイト、グルグルグルグルしていたけど、もうすぐ河岸を変えることになる。最後の一ヶ月、コロナのせいで全く働けなかった尻切れトンボよ、いつまでグルグルグルグルと堂々巡りを繰り返すつもりだ?自問し続けても「うざってー」が本音。

8の字を描き
小首をかしげる
末広がりで
堂々巡り

OMSBの歌を狂ったように聞き続けていた時期がある。
潮風が少しずつ鉄を変色させて、ギィギィ音を鳴らして、ワクワクと恐怖と退屈と物足りなさで回るのは、季節とかレコードだけじゃない。
次に進めると考えても、もはやこれまでか、という気持ちも頭をもたげる。
ループする世界にい続けるなら、そこでしか通用しない言語以外いらなくなってしまう。
思い出にしないために同じ場所にいても、錆び付くし、染みでも、錆でも体にくっついたものはどうせ、そのまま残る。
それなら、そんなものを蔓延らせながら、ほんの少しの上昇という現状維持に奮闘してみてはどうだ。
グルグル、ギィギィ
一歩を踏み出せず、たまに爆発させる感情の扱い方を分からず、なんでもない日々を豊かだと叫ぶ号令に従うクセのせいで、できるかぎりまっすぐ進もうという心持ちまで錆つく前に。
ゴンドラに乗らなくても、自分の足で回り続ければ、螺旋階段のように少しずつ登っていく。

【今週のテーマ 第49週「まっすぐ」、第50週「想像」】

(オケタニ)
https://note.com/laundryland

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