パリからルーアン②ジャンヌ・ダルク教会とジャンヌ・ダルクの処刑場、ヴュー・マルシェ広場【ルーアン】
日帰りで行けるパリ郊外の観光スポットをご紹介します。
いつか誰かの役に立てたら嬉しいです。
中世が残る歴史ある街ルーアンへは、ノルマンディー上陸作戦75周年式典が近い2019年6月に訪れました。
ノルマンディー上陸作戦の日は、私の誕生日でもあります。
ルーアン滞在スポット
●パリからルーアンへ①ジャンヌダルクの塔
●パリからルーアンへ②ジャンヌ・ダルク教会、ヴュー・マルシェ広場
●パリからルーアンへ③ルネサンス様式の大時計
●パリからルーアンへ④ルーアン大聖堂
●パリからルーアンへ⑤サン・マクルー聖堂とサンマクール回廊
●パリからルーアンへ⑥ガレットとシードル
●パリからルーアンへ⑦モーパッサンの『脂肪の塊』とフローベールの『ボヴァリー夫人』
●パリからルーアンへ⑧ルーアン美術館
Église Sainte-Jeanne-d'Arc de Rouen(ジャンヌ・ダルク教会)
Gare de Rouen-Rive-Droite(ルーアン=リヴ=ドロワ駅)からジャンヌ・ダルクの塔、そこからジャンヌ・ダルク通りを徒歩で15分ほど
拍子抜けするほど近代的な建物です。
船底のような天井
16世紀に造られたステンドグラス
Jeanne d'Arcジャンヌ・ダルク
教会の入り口に佇む「ジャンヌ・ダルク像」
窮地を救う女性を今でも「ジャンヌ・ダルク」と称するように100年戦争からフランスを救った「ジャンヌ・ダルク」がなぜこの地で処刑になったのか?
当時支配していたイングランドにとって安全なこの地で、時の権力者たちの都合で邪魔者、異端扱いされて処刑され、しばらくは人々の記憶からも消されたジャンヌ・ダルク。
再び注目されるきっかけは、歴史家ジュール・ミシュレ(Jules Michelet)が取り上げたことがきっかけと言われています。
1920年、死後500年以上経過の後にカトリック教会から聖人と認められました。
それは、司馬遼太郎先生の「龍馬がゆく」がきっかけで現在も尚、人気が絶えない坂本龍馬と似ていると思います。
VIEUX MARCHEヴュー・マルシェ広場
教会の前のVIEUX MARCHEヴュー・マルシェ広場は、ジャンヌ・ダルクが処刑されたと言われる場所です。
中世が残るコロンバージュの建物。
第二次世界大戦の壊滅的な打撃の中で補修しながら現存している姿は感慨深いです。
これからご紹介するルーアンの街のそこかしこに「第二次世界大戦の傷跡」は残っています。
La Couronneラ・クロンヌ
1345年創業で、フランス最古のオーベルジュ『La Couronne』
ルーアンは、ルーアン鴨が伝統料理で、こちらのレストランでは、ノルマンディーのリンゴの蒸留酒カルヴァドスを煮詰めたソースで頂くお料理が提供されるそうです。
次回はぜひ頂きたいものです。
ルーアンについて、パリからルーアンまでの交通手段
Église Sainte-Jeanne-d'Arc de Rouen(ジャンヌ・ダルク教会)
●パリからルーアンへ①ジャンヌダルクの塔
●パリからルーアンへ②ジャンヌ・ダルク教会、ヴュー・マルシェ広場
●パリからルーアンへ③ルネサンス様式の大時計
●パリからルーアンへ④ルーアン大聖堂
●パリからルーアンへ⑤サン・マクルー聖堂とサンマクール回廊
●パリからルーアンへ⑥ガレットとシードル
●パリからルーアンへ⑦モーパッサンの『脂肪の塊』とフローベールの『ボヴァリー夫人』
●パリからルーアンへ⑧ルーアン美術館
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