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シャネル No.19と転職活動

「プルースト効果」というのを聞いたことがあるだろうか?

香りをきっかけに過去の体験などを思い出す現象のことをこう呼ぶ。由来やメカニズムなどは各自ググってほしい。


さて、本題に入ろう。

今回はシャネルのNo.19の話である。私が今の会社の面接を受けた日に購入した、いわくつきの香りである。

……とは言っても別に今の会社に不満があるわけではない。シャネルNo.19は、筆者が「ココ・シャネルのようなパーフェクト仕事人間になりたい」と勝手に思って面接会場に向かう途中で銀座のシャネルカウンターに立ち寄り、ムエットをもらって面接に挑んだというストーリーがあるだけの香りである。この香水を着けると、面接のときの緊張感を思い出し、リモートワークで中だるみしそうな日々の仕事に改めて向かう意思を起こさせる。

筆者の短い香水遍歴の中で、一番香りが強い香水がシャネルのNo.19だ。一吹きではっきりと「シャネル」とわかる香り。いわゆる「デパートの化粧品売り場の香り」がするのだが、その時間はほんの一瞬だ。肌に乗せるとすぐに高級な石鹸の香りになる。


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2020年の某日、半年ほどの無職生活を楽しんでいた筆者は「そろそろ就職しないとまずいぞ」という家族や転職エージェントやハロワの担当者からの無言のプレッシャーをひしひしと感じていた。

そんな中、現実逃避的に没頭していたのが香水だった。香水にハマったきっかけは前にも書いたが、シャネルのチャンスである。しかし筆者はチャンスの香りに飽きていた。どんなに良い香りでも毎日香っていると飽きるし、鼻も麻痺するので良くない。そんな言い訳を並べながら、次のターゲットをNo.19に定めて口コミサイトやブログを漁る日々であった。

No.19に興味を持ったきっかけが何だったかは覚えていない。有名だし、一度は試してみたいと思っていたがなかなかシャネルブースに行く勇気がなかった。No.19は敷居が高かった。なぜかNo.5のほうが試しやすい雰囲気だった。しかしNo.5は好みではなかった。


そうこうしているうちに転職活動は進み、たまたまお気に入りのシャネルカウンターがある銀座の近くに面接で行くことになった。その直前、別の会社の面接でお祈りをもらった筆者はむしゃくしゃしており、何かに散財したい気分でもあった。

普段カジュアルな格好を好むが、この日の筆者は面接用にそれなりにかっちりとした服装をしていた。ベージュのニットに黒のパンツ、同じく黒いヒール。それでなんとなく、シャネルカウンターに行っても許されるような気分になった。

カウンターの香水売り場に向かうと、案の定チャンスを勧められる。オーフレッシュを持っていることとNo.19を試したいことをBAさんに伝えると、ムエットにNo.19とプードレをつけてもらった。

No.19の第一印象は良くなかった。

「この香りがする人が隣にいたら嫌だな」と思う強烈な香り。冒頭にも書いたが、デパートの化粧品売り場(今まさにいる)の香り。後にそれが「パウダリー」と呼ばれることを知る。

この香水は自分には使えない、と思った。

「ちょっと時間をおいて試したいです」そう言ってシャネルカウンターを離れ、面接会場に向かった。


待ち時間と面接時間を合わせて3時間ほど経った頃。

面接を終え集中力が切れてフラフラの筆者は、面接前にシャネルでムエットをもらったことを思い出した。手帳の間に挟んでおいたそれを取り出し、嗅いでみる。

驚くことに、時間がたったNo.19のムエットはなんとも上品な石鹸のような香りに変化していた。ちなみにプードレのほうはよりフローラルで女性的な印象だった。

プードレは甘すぎて、可愛らしすぎる。筆者はXであるからして、あまり女性的なものは好まない。ヒールを履くのですら屈辱である。

それにしてもNo.19のなんと上品なことか。これなら肌につけてもいいかもしれない。

そう思い、帰路ついでにもう一度シャネルのカウンターに向かった。先程対応してくれたBAさんはいなかったので、別の方にNo.19を試したいことを伝えて肌につけてもらった。

つけたての強烈なグリーンの香り(ガルバナムという香料なのも後に知った)が過ぎ去ると、かすかなフローラルと入り混じってパウダリーが主張をしてくる。このときの香りが高級な石鹸のようなのだ。石鹸のような香りの香水は多々あるが、これほど爽やかさとかけ離れた印象なのに「石鹸のよう」と思うのもなんとも不思議だった。

それにしてもムエットと肌に乗せたときとでこれほど印象が変わる香りは、今のところNo.19が一番かもしれない。圧倒的に肌に乗せた状態のほうが好みの香りだったので、その日のうちに購入した。シンプルなボトルもおしゃれで良い。


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一時期はNo.19ばかり着けていたものの、ある日急に甘すぎると感じて、ここ最近は着けないでいた。

しかしリモートワークが続く状況のなかで、少しでも初心を思い出して仕事に打ち込みたいと思ったのでまた着けてみた。あのときと同じ、石鹸のようなパウダリーなフローラルが本当に素晴らしく、改めていい買い物をしたと思った。

それと同時に、面接のときの緊張感を思い出した。


ずっと家にいると緊張感もモチベーションも下がるけれど、頑張って就職したときのことを思い出してもう少し頑張ろう。

No.19の香りでそんなことを思い出しながら、この記事を書いている。

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