見出し画像

【短編】ヒーロー誕生

昔、僕はヒーローになりたかった。

なぜヒーローになりたかったのかというと、悪いやつをやっつける!正義の味方!になりたかったわけじゃない。
僕がヒーローに憧れたのは、ヒーローが唯一無二の存在だったからだ。
ヒーローには代わりはいなくて、すごい必殺技を繰り出せるのも、とてつもない魔法を使えるのも、ヒーローだけだった。物語の中に、ヒーローにとって代われるやつは出てこない。どれだけ強い敵も、裏切り者の仲間も、詐欺師のような商人も、物語に出てくる悪者はみんな嫌なやつだけど、ヒーローの代わりになろうだなんて思ってない。

物語の中で本当に恐ろしいのは、ヒーローの代わりが登場することなんだ。

ミラクルな必殺技も、えげつない魔法も、ヒーローと同じように使えて、ヒーローみたいに正義感に溢れてるやつが登場したら、ヒーローはもうお役御免だ。

物語の中でヒーローは、皆んなと同じじゃだめだ。オリジナルの、唯一無二の存在でなければ。
そう、ヒーローの本当の役目は、敵をやっつけたり、悪者を退治することじゃないんだ。ヒーローの存在意義は、誰でもない誰にも真似できない、ヒーロー自身であり続ける事なんだ。

だから、僕はヒーローに憧れた。この世界の中で、僕は唯一無二じゃなかったから。僕の代わりなんていくらでもいると思っていたから。
だから、僕はヒーローになりたかった。代えのきかない存在に。


「だったらなればいいじゃないか、ヒーローに。世界は一つじゃない。自分でつくってみたらどうだ。世界を」


そう僕に言ったのは誰だっただろう。確か、よく僕たち子どもに金平糖をくれる、近所の爺さんだったような気がする。トタン板で継ぎはぎだらけの家に住む、仙人のような爺さんだ。

その爺さんの話を聞いて思った。ヒーローは自分の世界をもってるからヒーローなんだって。

「僕も僕がヒーローになれる世界をつくって良いんだ」

そして僕は自由に自分の世界を想い描いて、僕だけがヒーローになれる世界をつくった。誰がなんと言おうと、僕だけがヒーローになれる世界を。


ただ、その世界には一つ、ルールがあったんだ。大切なルールが。破れば、その世界が崩壊してしまうルールが。


それは、ヒロインを悲しませてはいけないってことだ。

だから、僕はヒーローになって、君を笑顔にしたいと思う。僕は世界を自由につくるけど、隣にいる君のことは悲しませない。そして君も、君の世界で、僕を笑顔にしてくれる。

そういえば、トタン屋根の爺さんと一緒に暮らしている婆さんは、よく笑う人だった…。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?