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牛肉の厚切りカレーか、期間限定カレーか

僕はカレー屋の前で、待ち列に並びながら考えていた。

開店まで残り3分ほど。

前から3組目で、一巡目で案内される順番だ。

ちなみに、期間限定メニューは「チキンカツカレーグラタン風」。

名前からしてすでにうまそうであるが、写真を見ると惜しみないでかさのチキンカツの上に、ほうれん草入りのグラタンがとろけている。うまそうだ。

しかし、味がなんとなく読めてしまうという点で決定力に欠ける。僕には味が想像しにくいものに惹かれる性質がある。

そこで、もうひとつの選択肢が頭に浮かんできた。「牛肉の厚切りカレー」だ。
前々から気になってはいたが、毎度その時にやっていた期間限定カレーに軍配が上がっていたため、ついに頼めずにいた。

こちらも、ゴロっとしたぶ厚い角切り牛肉が上にどっしりのっかったうまそうな一皿だ。

しかし、こちらは期間限定メニューではない。だから、またいつでも食べにくることはできる。

この時点では、いつもと同じように期間限定カレーの方に軍配はあがっている。

ただし、もうひとつ考えるべきは値段である。

牛肉の厚切りカレーは1150円
期間限定カレーは1300円

150円、期間限定カレーの方が高い。

何を150円ごときで、悩むことがあろうか。と思うかも知れない。

しかし、普段昼食を300円の激安弁当で済ませている僕にとっては、これは冷静に考えなければならない問題である。

さらに、僕はルーに対してご飯の量が多すぎるカレーが嫌いなので、ルーを大盛りにして頼む。ルー大盛りは+200円だ。そして、カレーにお漬物類は必須である。+50円だ。

つまり、頼むカレーの値段に+250円なわけだ。

(※カレーの差額150円で悩んでいるくせに、トッピングの類にはお金を惜しまないという性質も持ち合わせている。)

トッピング類を追加すると、
牛肉の厚切りカレーは1400円
期間限定カレーは1550円

もし、期間限定を頼むと、たかが昼飯で1500円の大台を超えてしまうことになる。これはまずい。
(※昼食に1500円以上のものを食べると、罪悪感を感じてしまう性質が備わっている)

困った。

そうこうしているうちに、お店に呼ばれた。座席は全てカウンター席だ。

コートとマフラーを外し、ハンガーに掛ける間も二つの選択肢がぐるぐる頭を巡っている。
ゆっくりと座席についた。

「よしっ、期間限定メニューにしよう!」

決め手はなかった。思考を停止させた上で、ただ「期間限定」という言葉の上面を掬って、出した決断だった。

店員はすぐに注文をとり始める。

一番目のお客さんが、注文を聞かれる。ただのカレーライスを注文していた。

ただのカレーライス?850円だ。
カレーの上に何も載せないというそのシンプルな選択肢は、なにか禅の精神をさえ感じさせる。しかし、カレーの上に何も載せないという選択肢はすでに煩悩にまみれてしまった自分の頭にはなかった。

続いて、2組目。おじさんふたりだった。ひとりは常連らしく、このお店には何回もきているみたいだった。
牛肉の厚切りカレーをふたつ!
その自信に満ちた声色は、このカレー屋にきたら、これ一択でしょ!という調子を含ませていた。

そして、僕の注文の番だ。
期間限定カレー、期間限定カレー、1組目、2組目が注文を聞かれている時も、ずっと自分に言い聞かせるように繰り返し心で唱えてきた。それを目の前にいる人に向かって、声にするだけである。勢いよく言った。

「牛肉の厚切りカレーで!ルー大盛りとピクルス付きで!」

僕は、寸秒で心を変えてしまった。
このカレー屋で、この選択肢以外ある?
そんな語気を匂わせてしまった。

はいー!

店員はその一言で、すぐに次の人の注文に移った。

頼んでしまった。あれだけ悩んだのに。直前で注文を変えた。きちんと合理的に導き出した答えではなかっただけに、後悔の念が押し寄せた。

後のお客さんが注文する。

、、、あ、じゃあ、期間限定メニュー、、でお願いします。

尻すぼみで、あまり自信のない感じだ。きっと、彼も悩んでいたに違いない。悩んでいたのは自分だけではなかったことを知って安堵の気持ちを得たとともに、彼が違う選択肢であることに不安を感じ始めた。

やっぱり注文を変えようか。今ならまだ間に合う。

しかし、常連ぶってしまった手前、他人の注文を聞いて自分の注文を変えると周りのお客さんから失笑をかうことになる。

このまま、牛の厚切りカレーを食べようと、腹をくくった。

そして、注文したカレーがきた。牛肉は歯ごたえの残るほどよい柔らかさで、味もしっかりあり素晴らしいものだった。

はあ、この選択肢でよかったぁと思って感動していると、

期間限定メニューのチキンカツが揚がる音が聞こえてきた。それをカレーの上に乗っけて、とろっとしたグラタンソースを上からかける。そして、チキンカツカレーグラタン風の出来上がり。かと思いきや、、

そのカレー屋の店主おもむろにバーナーを手にした。

なんていうことか。それを、そのチキンカツの上の白いそれを。あぶる。あぶるのか!?

ボーーーッというバーナーの音が店内に響き渡る。チーズがふんだんにはいっているだろうグラタンがきれいに焦がされていく。みんなの視線は釘付けである。

僕はもうどっちのカレーもみたくなくなった。

もうあれを一生食べられられない。。。

あっちにしておけばよかったぁぁ。

牛肉の厚切りカレーは、申し分ない美味しさだった。だが、やはり150円をけちけちするべきではなかった。後悔が残った。

しかし、その帰り道5分くらい歩くと、そんな後悔は素知らぬ顔でどっかに消えた。後に残ったのは、満腹になった満足感だった。

そんなもんかもしれない。と思った何気ない平日のお昼。

さて、今日は何を食べるかなー?


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