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ライムのゆくえ:3

前回

 朝六時。ジュークボックスに百円玉を入れ、ビリー・ワードとドミノスの「Sixty-Minute Man」を流した。ガラララーンとドアベルが鳴り、今日初の客人が入店した。

「おはよう、相変わらず音楽の趣味がいいね」

 太った初老の男、とこっちがカウンターミナル席についた。彼はここの常連で、朝の散歩の後ここでコーヒーを頂くのが日課だと言っている。

『シックスティィィーミニッメェ〜ン、シックスティミニッメェーエェーエェーエェ〜ン』

 超美声でと下ネタの歌詞の組み合わせ。60分でお前を満足させる男ビッグ・ダン。朝、この曲で客を迎えるのは私なりの悪趣味だ。

「おはよう、とこっち。今日は何にする?」

 私はマグカップを彼の前に叩きつけ、コーヒーを注いだ。

「そうだな、バターミルクのトーストとバッシュドポテト、シーセージ。そんで目玉焼き三つ頼むわ」

「そんなにか?この間鶏卵は控えようと嫁さんに言われたんじゃない?」

「構うものかよ」とこっちは飛ぶ出ている腹を叩いた。「ここ最近は味がしねえ鶏胸肉と野菜ばかり食わせやがって……体の前に心が死んじまう!せめて婦人会旅行でいないあいだに食い倒れっすぞ!」

「……オーライ、本当に死んじゃっても責任は負わないからな」

「がっはは!死んだら幽霊になってキチンに住み着くぜ!」

「やめな、キチンはもう幽霊が間に合っている」

 トースターにバターミルク食パンを二枚入れ、冷凍バッシュトポテトをフライヤーに投入し、熱した鉄板にソーセージと卵三つ乗せた。じゅー……ソーセージと卵の水分が音を立てながら蒸発していく。

「目玉焼きのの焼き加減は半熟でいいよな?」「うん」

 バコッ!トーストが跳ね上がった。食べやすいように二つの三角形に切り分け、バッシュトポテトとソーセージと卵を大きめのプレイトに乗せて、ジャムをバタークリームを添えたら完成だ。

「どうぞ」「ワオ!これはこれは……」

 とこっちはトーストに大量のクリームとジャムを塗り、サンドイッチにしてがぶりついた。

「うめえ、ニューヨーカーだった頃のこと思い出すわ!」

「日本から出たこともないだろ」

 ガラララーン、ドアベルが再び鳴った。今回は制服姿の警察官だった。

「おはよう」「おはようさん、芦尾さん。こんな時はめずらしいね」「そうだぜ。アメリカじゃあるまいし、警察は勤務時間に油売っていいのか?」

「あぁ?ああ……一応オフになってますよ。休みになった同僚の代わりに夜番してらぁ……眠くて寒くて腹が減ってるんだ」

 ゆらゆら歩きながら、芦尾はカウンターについた。私は彼にコーヒーを注いだ。

「ご苦労さまです。今日は何にする?」

「えーと、パンケーキと、スクランブルエッグ。バナナあります?」

「もちろんあるよ。スライスして側に添えましょうか?」

「お願いします」

 ポットでパンケーキの生地を鉄板に二回注ぎ、しばらく放置する。その間フライパンに多めのバターを入れて、ガスコンロで加熱する。バターが溶けると、ほぐした卵を入れ、スプーンでゆっくりかき混ぜる。パンケーキをひっくり返す。卵もいい具合に固まってきた。それらをプレイトに載せ、スライスしたバナナをパンケーキの側に置くと完成だ。

「どうぞ」「ありがとうございます」

 芦尾は最初にスクランブルエッグに塩をかけ、それを食べ終わると、パンケーキにバタークリームとメイプルシロップを塗り始めた。甘い物と塩っぽいものを分けて食べるタイプ。一方、とこっちはソーセージの切れ端で皿に残っている卵黄をぬぐいとり、口に入れた。

「アーうまかった。最後に、あれをいただくとするか」

「あれか、私も飲みたいれす」

 芦尾がパンケーキをを頬張りながら便乗した。「オーライ」私はグラスを二つカウンターに置き、冷蔵庫からライムネードを取り出して注いだ。

「「チーアズ」」二人は乾杯し、とこっちは一気に半分まで飲み、芦尾は一口だけ含んだ。

「はぁ〜酸っぺー!汗が出たぜ!」

 とこっちはナプキンで額を拭いた。

「フアンさんのライムネードは絶品ですね。眠気が飛んじゃったよ」

「本当、二日酔いにもすごい効く。一体どうやって作ってんだ?」

 私は少し思案し、適切の言葉を選んだ。「砂糖だな。砂糖を惜しまずに使うんだ。この一杯だけで、角砂糖12個分が含まれている」

「まあまあ、こりゃ……」とこっちは怪訝にグラスを見た。「すげえな……全然甘くないから健康的だと思ったのに」

「砂糖だけですか?ほかに何か秘密の材料とかは?」と芦尾は尋ねた。もちろんあるさ。

「あとはトレードシークレットだ。そのレシピは今銀行の金庫に預かっている」

 それは嘘だ。レシピは私の頭の中にある。誰にも教えず、墓まで持っていく気だ。

(続く)




 


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