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コーチ・フレイムヘッド(邦題:空に向かって撃ち放て!)④

 国造NAS21拳銃、販売ネームはヒゴノモリ。装填数12発の自動拳銃。モデルがどう見ても向こうのブレット社をパクったこの銃は12年前から陸軍の制式装備として作用された。

 この国において合法に銃を所持するにはまず公安機構(主に警察)に書面で申し込み、それから金を払ってから講義を受け、金を払って射撃訓練を受け、大金払ってテストを受けて合格してからやっとガンショップで大金払って銃と弾を購入し、嬉々と射撃場で弾をばら撒き、そしていつか「なんかさあ、紙でできた的を撃つのって、虚しくない?」と目が覚め、銃を欲しさに大金をかけたことに後悔し始め、銃をクローセット、もしくは金庫に入れて、長い間放置する。

 幸い私は軍役時代から既に免許を持っており、軍人割引で平民より安く買えた。私に残された数少ない自由だ。

 私は銃撃戦の経験がない、砲兵である私が狙った標的は数十マイル先でくず肉になって死ぬか、鉄くずに混じって死ぬ。だからこうして向こうから殺気を帯びて迫っ来る場面に正直、ビビった。勿論私は彼を撃つつもりなんてない。不良とは言え、未成年を元軍人の婆さんが撃って、裁判沙汰になったら社会はどっちを支持するか言うまでもない。ちょっと銃を見せびらかして怯ませる算段だったけど、これはちょっと失敗しちゃったね。ではどうする?新兵訓練の時タバコで試験官に賄賂かけてやっと合格できた格闘術を披露するか?

「おっと」「ヴッ!?」

 坊主頭は後ろからツーブロックの両脇を通って後頭部を抑えた。目が覚めるような手慣れた動きだった。ツーブロックはもがく。

「おいダック!何やってんだ!離せコラァ!」
「落ち着けって」

 坊主頭は腰を落とし、拘束を強めながら宥めるように言った。

「ババアは銃を持っている」
「それがどうしたってんだァ!オヤジまで侮辱しやがって!一発殴らねえと気が済まねえ!」
「やめとけよ。大体さきに挑発したおまえが悪い……で、フレイムヘッド、また居たのか。俺がダチを抑えている間にさっさとどっか行けよ。こう見えても俺は老人に配慮するタイプだぜ」

 挑発的かつ余裕な態度。同じ体格のお友達を抑えながらも未だに息が上がっていない。小僧にしてはなかなかやるじゃないか。

「おーこわい。さすがここに居続けたら心臓発作が起こりそうだわ。退散させてもらうね。ちゃんと学校に行けよきみたち」
「ああ」
「ダッコラァー!逃げんのかクソブサイクババア!」

 喚くツーブロックを横目で一瞥し、私は競歩のスピードでその場を離れた。背中に嫌な汗をかいたし、身体が微かに震えている。ださい。でも怒り狂ったツーブロックの顔を思い出すとちょっと可笑しくもある。あーやだやだ、久しぶりに感情が揺れる一日で全くつかれるわ。

 と思っているうちに、私は目的地に着いた。居酒屋「塹壕から見上げる星空」雑居ビルの地下室にあるこの店は、私みたいな退役軍人のたまり場になっている。手すりをしっかりつかまり、ゆっくり階段を下っていく。月に三回ほど、酔っ払いがコの階段から落ちて病院に運ばれる。用心せねば。

 コンテナから切り落とした金属版でできたドアをくぐると、カウンターの裏で鍋を混ぜている筋肉ではち切れんばかりのTシャツを着たひげ男と目が合った。

「おい、民間人がここで何をしている?この地帯は軍の管理下だと知らないのか?」

 三分に刈り上げた頭髪と髭きれいに剃った四角い顎、ボリューム感のある唇から威圧てきな言葉を吐き出した。民間人がいきなりこうされたら訝しんで、踵返して店を出るだろう。私彼の前の席に座った。

「こんばんわ理車軍曹、前に飲みかけた黒霧島をちょうだいな」
「了解であります曹長。今日早いすね。ところで今日は『民間人と思ったら私服で散歩中の大尉だったごっこ』はやらないんですか?」

 理車は棚からラベルつけた焼酎のギャップを捻り、グラスに注いだ。彼は海兵隊出身でぱりぱりの戦闘部隊に配属されたが、運よく五体満足で栄誉ある退役を迎え、今は家族を養うため真面目に飲食業を励んでいる。

「まあいろいろあって疲れた。それに観客がいないと芝居も盛り上がらん」
「その通りすね。はい、黒霧島のストレート、あとお通しね」
「キュウリばっかだな最近」

(続く)

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