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2020年の逆噴射小説大賞の感想とか

「へ?」

 気がつくと私法被を着て、屋台に立っていた。前にBBQセット、フライヤー、鉄板が左から順に並んでいる。私の屋台だ。でも自分はいつからここで屋台を張ったんだ?さっきまでどこで何をしてたっけ?
 うーん駄目だ。何も思い出せない。とりあえず仕事中なら仕事に専念したほうがいい。
「えーらっしぇー、世にも珍しい金魚救済システムだよー。処理に困る金魚をオーダー通りに料理しますよー」
 アナウンスしてついでに周りを見た。どうやら日本のお祭りではないらしい。他の屋台の看板が見慣れない漢字で書かれて、行き交う人々言葉知らないで喋っている。以前テレビの旅行番組で見た台湾とかの夜市っぽい。
 ほんとう、なんで私がここに居る?言語が通じないなら仕事ところじゃないよ……あっ、人が向かってきている。手に金魚が入った袋を持っている。
「あのぉ、すみません」
「アッ!ア、アイキャン、ト、スピーク……て、あっ」
 日本語だ。映画やドラマでしか見たことない黒いチャイナ服と丸い帽子を着ている男がそれなりに正確な日本語で喋った。彼の横に小学生ぐらいの男の子がいるが、どうも親子には見えない。男の子の方は黒Tに黒パンツと言ったシックな恰好。さらに首がごっついチョークっぽいのを捲いている。年齢にしてはかなり攻めたファッションだね。
「ここ、金魚を料理するんですよね?」
「あっ、はい。そうなんですけれど」
「じゃあこちらお願いできますか?」
「はい、承ります」
 職業柄で私はほぼ反射で男から金魚袋を受け取った。結構入ってる。ほぼ雑魚の和金以外に出目金が何匹、あとランチュウまでいる。ここの金魚すくいはどうなってんの?まあ私のやることは変わらないけど。
「調理はどうなさいますか?」
「そうですねー。ステプラーはどうしたい?」
 ステプラーと呼ばれた男の子は質問に反応を示さず、ただ手に持っているホチキスをバチバチと弄っているだけ。
「はぁー、面倒くさい手続きと賄賂で君を少年院から連れ出してやったからちょっと嬉しそうにしてほしいなー。あ、ごめんなさい、唐揚げと、鉄板焼きでお願いします」
「へい、少々お待ちを」
 賄賂?少年院?物騒な単語が聞こえたけど。まあいい、仕事だ。
 アイスピックで金魚の頭に突き刺して苦痛なく絶命させると、小さめのナイフで腹を裂いて内臓を取る。小さめの金魚はこのまま粉をまぶしてフライヤーに投入するが、ある程度大きいと鱗を取って三枚おろしにする。
「金魚救い屋さんは逆噴射小説大賞って知ってますか?」
 作業の途中で男から話しかけて来た。正直のところ黙っていて欲しいけど接客業だからそうもいかない。マインドを聞き流すモードに切り替わる。
「いいえ知りませんね。なんですかそれ?」
「うーん簡単に言えば、年に一度インターネットで開催する、パルプ小説で競う文学賞的なやつです」
 また聞いたことない単語が出た。パルプ小説とは?
「へー、そうですか」
「実は自分もエントリーしてたんですよ」
「へー、そうですか。お客さんは小説家ですか?」
「興味でね、書いたりしてるんです」
「まあ」
「それで二ヵ月前に結果が出ました」
 もう去年のことだったか。
「もしかしてお客さんが優勝?」
「いやいやそんな。往年と同じ最終選考まで生き残れなかったんです」
「それはご愁傷様です」
「ありがとうございます。実は自分が言うのもなんですが。今年の優勝作品はなんと同じ人が描いた二作が入賞したけど、暴力が凄すぎて怖い感じでしたね。自分で読んでいて楽しめなかったんですが、審査側がそれが良かったらそれでいいでしょう」
「そうでしたか」
 揚げ上げた金魚を掬い上げて、油濾し用のトレーに乗せる。そしておろした金魚の身に塩コショウを振って鉄板に乗せる。
「やはりですね、暴力はいいけど、暴力すぎるのはよくないと思いますよ。暴力ってのはこう、爽快感があって、時に可笑しく、時に優しく……そういう作品を、僕が求めているんです」
 ジューと、元から小さい金魚肉が熱を受けてさらに縮まっていく。もうすぐ完成だ。これでこの会話もやっと終われる。横目で男の子を見ると、さっきよりホチキスを弄る速度が上がっている。なんか苛立ってる?
「あっ、ステプラー君!そのパチパチするのやめなさい!」
「……」
「ウッ」
 男は少年からホチキスを取り上げようと手を伸ばしたが、逆にすごく睨まれて怯んだように見えた。先ほどの少年院とかと言い、この二人は一体どういう関係なんだろ。いや、別に知りたくはない。鉄板の上で金魚肉が焼き上がった。よし。
「お待たせしました。金魚の唐揚げとソテーです」
「あっ、ありがとうございます。スマホ決済は受け付けますか?」
「こちらのQPコードをどうぞ」
「わかりました……はいOKです」
「どうもありがとうございましたー」
「さあステプラー、熱いうちに食べて……えっ、居ない!?」
 少年がいつの間に居なくなった。男は終わ手て頭を左右に振った。
「キャーッ!」
「このガキ!ホチキスで刺しやがった!」
 離れた場所が騒いでいる。あの少年が何かをやらかしたのか?
「Shit!ステプラー!問題起こしやがって!てめえ首にショック首輪ているのと忘れたか!」
 ショ、ショック首輪!?またしても物騒な。男はポケットから車のキーみたいな装置を取り出してボタンを押した。
「ずらるっレレレレレッ!」
 すると男が痙攣して倒れた。彼の手首にさっき少年が首に付けたアレが巻かれている。これがショック首輪?少年が外してこの人の腕に付けたのか?なんて奴だ。

 男が倒れたせいで出来たての金魚が地面に散らばっている。あーあー、せっかく作ったのに。勿体無いね。

ステプラーは野に放たれた


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