持っておいた方がいい!殺殺可汗!

『ガチで危機感を持った方がいい』

この一言は絶大な影響をもたらした。翌日に部活とスポーツ経験がない男性たちとそうでない男性たちが我先に危機感を求め、全てのコンビニ、スーパー、イオンモールから危機感が消えた。店先に“危機感売り切れ”の紙が貼られ、インターネットでは危機感が法外な金額で転売されていた。

世はまさに大危機感時代。危機感が多く持った者が強者男性としてカーストを君臨し、危機感のない男がゴミように虐げられ、ガチで命の危機に晒されていた。ムジンもその一人であった。

「危機感をください!」
「申し訳ございません、当店は危機感をお持ちでないお客様にお売りできないルールでして……」
「なっ、そんなのおかしいでしょっ!?」
「ルールはルールなので」
「どうにか、どうにかならないんですか!?金ならいくらでもっ」
「お引き取りください。なんなら今ここであなたに危機に晒されてもいいですよ?」
「くっ……!」

ムジンは逃げるように店を出て、車の運転席に駆け込んだ。

「くそ……くそくそくそっ!」

ヒステリックにハンドルを叩く。彼は今朝11万の対価で情報屋から危機感在庫店リストを買い、さらに5時間運転して何軒も回ったが、どこも売ってもらえなかった。危機感無き弱者男性は客として扱われない。

「どうしてこうなるんだ……」

帰宅部だったことこれほど後悔したことがない。このままではモテないおろか、いずれコンビニでも利用できなくなり、孤立無援、死ぬ。ムジンの脳裏に絶望の未来が描かれる。その時、コッコッ、と窓が叩かれた。

「んぁ?」

右に向くと、車の外に初老の男が立っていた。男が窓を下げるようとジェスチャーで伝えた。ムジンは少し躊躇したが、言うと通りにした。

「お兄さん、店んなかの会話を聞いたぜ。危機感、欲しいか?」
「そうなんですけど……」
「あんたは運がいい。俺の後について来な」

男はそう言って自分のバンに乗り込んだ。ムジンは胡散臭いと思いながらもその後に着いていった。人気のない場所に連れていかれ、待ち伏せしていた野盗に襲われ、車と身に持っている財産を奪われ、自分が瀕死の重傷を負い人気のない道端に捨てられ、血を流して死を待つ……などと想像したが、どのみち危機感を入手しないといずれそうなる。どんな些細なチャンスでも縋りつきたい。

20分後、二台の車がモト・モータースという整備工場の前に停まった。

「こっちだ。足元に気をつけよ」
「あ、あぁ」

男の後に着いて、地下室に入る。そこに祭壇じみた台座があり、ひとりの人間が載っている。

(か、カルトの巣窟!?)

ムジンは青ざめた。やはりホイホイついてきたのは危機感が足りなかったか?でも初老男は危害を加える様子がなく、台座に近づくと、誇らしげな顔で言った。

「ご紹介しよう。彼の名は殺殺可汗Kill Kill Khan、この大危機感時代を終結させる存在だ!」

(続く)


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