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ようこそ、ユーシャルホテルへ!⑥

 ふと目の前が暗くなった、目の周りがとても冷たい物に覆われた。

「目ぇ閉じろ!クソガキ!」

 とても怖い声が耳のそばに響いた。嗄れて、とても低い声だった。もし岩が喋れたらこんな声だろうと思った。そんな声が出せる人、私は一人しか知らない。

「魔女のおばあさん……?」
「目ぇとじろッ!ぶっ殺すぞ!」

   脅されて、私に言う通りにして目を閉じた。燃え上がった家と両親が心配だが、魔女おばあさんがもっと怖い。昔病気になって、ばあさんの家に訪れた生きたカエルを包丁で潰したのを見て、驚いた私は泣いて小便を漏らした。そのあとはばあさんに怒鳴られてさらに泣いた。

「チッ」ばあさんは舌を打った。目を覆っていた冷たい物が離れた。周囲は空気がとても熱い。呼吸するだけで胸が焼けそうだ。

「そのまま目を閉じてろよ。少しでも開いたらぶっ殺す」
「はぃ……おばあさん、父さんと母さんは……」
「これ以上しゃっべたらぶっ殺す」
「はぃ……」
「なんてことやらかしたんだイルジ。あたしがどうやって領主に報告すればいいていうんだい?最悪、あたしとお前は一緒に絞首台だぞ」
「……」

 脅されたから私は何も言わず、ただ顔に力を入れて目と口を閉じていた。すると瞼が何らかの布みたいな物に触れた。布が目の上に何重も巻かれて、最後に目玉が押し込まれるほどきつく縛られた。

「っ……!」
「痛いのか?我慢しろ。我慢できなかったらぶっ殺す」
「……!」
「でも行くぞ。しっかり掴まれ」

 周りが見えない上に腕が乱暴に引かれて、さっきから積んだ不安が抑えなくなった。

「あの、ばあさん!お父さんとお母さんが!」
「死んだよ」とばあさんが冷たく、何の感慨もなく告げた。
「えっ」
「死んだ、焼けた。お前が殺したんだよ」
「ころし……?」
「そう、コ・ロ・シ。言葉の意味わかるな?」

 殺す、殺した。記憶が甦った。ある日、お父さんと一緒に出掛けて、森で罠に掛かってマーモットを見つけた。足が挟まれたマーモットはひどく弱って、苦しそうだった。

「イルジ、お前がやってみるか?」

 父さんはそう言い、私にナイフを渡した。私は躊躇して、ナイフを受け取った。父さんに自分が役たてるところ見せなければ。

「よし、いい子だ。さあ」父さんはマーモットの前足の間を指さした。「ここを刺しなさい。彼を苦しみから解放してやれ」

 私は跪いて、父さんが示した場所にナイフを当てた。マーモットの真黒の目が私を見つめている。私は怖じ気付き、ナイフを押した。刃は毛皮を突き破り、なんか固いものに当たった。マーモットは激しきばたついて、口から血を吐いた。

「えっ、やぁ……」マーモットの反応に私は驚きのあまりに動けなくなった。まるで自分の胸が裂かれそうな感じがした。ナイフを握っている私の手の上に父さんの手が覆って、刃の根元までマーモットに押し入れた。マーモットはピーと弱々しく鳴き、動かなくなった。

「初めてにして上出来だ」父さんは私の手からナイフを取り戻し、ズボンで付いた血をズボンで拭いて鞘に戻したあと、マーモットを担いあげ、蔓で編んだ篭に入れた。「よくコロシた。今日はこれでご馳走を作ろう」

 父さんに褒めてもらったが、私が嬉しくなれなかった。見つめてくるマーモットの目がしばらく頭から離れなかった。

 その日、初めて殺しの意味を知った。

 それと同じこと、私が?お母さんとお父さんに?

「いや!」

 ばあさんの手を振り払い、私は走り出した。走りながら目を覆っている布を解こうとしたが、予想以上堅牢に縛られている。目が見えない、怖い、何もかも起きさりにして逃げたい。突然身体が動かなくなった。走っている姿勢のままに固められている。

「この、クソガキがァーッ!」私の後ろに、魔女のばあさんが声を荒げて叫んだ。「舐めやがって!話を聞かない子供は、こうだぞ!」

 頭の後ろが何かが当たった、私は転倒して、頭が雪と土の中に埋まった。

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「……ぃた」

 寝言が言い終わってないうちに目が覚めれば、自分の寝言が聞こえるらしい。少なくとも自分の口から「ぃた」と声を発したと確実に聞こえた。

 また視覚に覚束ない眼球に、ひびが入った天井が映った。寝ていたのか私?

「いた?」

 ベッドの端、右足の方から野太い声が聞こえた。オーポーだ。オーポーがなぜ私の部屋にいる?

「どうしたイルジ?寝ぼけたのか?」

 記憶が甦る。そうか、食堂で酔い潰れて、笑いながらオーポーとザアイ嬢の二人が私を一階にあるオーポーの部屋まで運んだ。

「アー、おはようオーポー」酒のせいで濁した頭を働かせ、言葉を吐き出した。

「それを言うのなら”こんにちは”だな。もう午後だぞ」ドワーフはそう言い、木皿を私の頭の側に置いた。「昼食は取っておいたけど、食べれる?」
「うーん……」

 頭を横に向ける。切ったラキ麦パン四枚、スライスしたチーズ、キャベツのピクルスが載っている。チーズの臭いが鼻腔を刺激して、胃袋がぎゅーと唸った。

「ありがとう……うん」また覚束ない手を伸ばし、チーズを摘まんで口に入れた。一瞬に風味が舌上に広かったものの、口が乾いて嚥下すのも難しい。

「渇く……」
「あーはいはい、飲み物は何にしましょうかお嬢様?ウォッカでいい?」
「みず……」
「水ね。どうぞ」
「ありがとう」

 オーポーからもらったコップ一杯の水を一気に飲んだ私はそれからしばらく食事に集中した。オーポーはその間、ナイフで薪を削る作業を続けていた。

「何かを彫っているのか?」と私が尋ねた。
「あ、いや。彫ってはいない。削っているだけ」と答えいてたオーポー。彼女の指の隙間から木屑が零れ落ちている。「こうやって暇潰ししてんだ」
「ふーん、面白い?」
「おう、面白いぞ。とても落ち着く」
「そう」

 会話が途絶え、しばらく沈黙が続いた。簡単な昼食を食べながら、部屋を観察した。私の部屋と大して変わらない。しかし椅子の背もたれにかかっている白いドレスが私の目を惹きつけた。どう見ても通常サイズの人間、つまりドワーフが言う長身者が着る服にしか見えない。

「オーポー、その服は?」
「あれか?気に入りのドレスだよ」
「ほう」

 本当は「それを貴女が着るの?」「サイズ合ってないじゃない?」と問い詰めたいところだが、今朝知り合った人に対しては流石に図々しく思われるだろう。夕食の時またさり気なく聞いてみよう。

「よぉし、これぐらいにしとこう」ナイフと削られた薪を机に置くと、肩をほぐして回して。「ここに来てから風呂入ったか?」
「風呂?」それを聞いた私は反射的に自分の手の甲を嗅いだ。「そんなに臭いかった?」
「いや、そうじゃなくて、ここの浴場だよ。もう見たか?」
「いや、見たことないけど。それにこんな時期に風呂入るなんて、浴槽から上がった途端に凍死してしまうでは?」
「ハァ、ハァ、ハァ!なんだそれ?イルジはもしかして北方人か?まあ普通の宿ならそうなるかもよ、てもここはホテルだぜ?ホテル、宿泊以外にリゾート機能も付いてる施設の意味さ」
「……つまり?」
「あるんだぜ。上がっても凍死しない風呂が。来なよ、案内する」

 オーポーは笑い、布の小包みを拾い上げて肩に掛けた。これ、ついて行かないと私が乗りが悪いと思われてしまう流れか?

(続く) 


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