見出し画像

受難紀:辛い麺道

ちゅっぶる、ジーザスは汁なし担々麺の最後の一口を啜りきり、咀嚼して嚥下した。その顔が熟したストロベリー以上に赤く、苦痛で歪んでいる。

「先生!」「先生!」弟子のヤコブ扇子で師にかに風を送り、ヨハネが山羊乳が入った茶碗を師の口に当てた。ジーサスはソーセージめいて腫れたくちびるを開けて、山羊乳を含んだ。鼻と髭の先から、涙と汗と鼻水が混ぜた複合体液が滴っている。

「完食!完食です!」筆頭弟子のペトロが空になった麺碗を両手で持ち、台の下に集まった群衆に掲げて見せた。「メェシィアアアアーッ!!!」「南無サンタマリア!」「おお主、おお主よ!」「嗚呼ァ!神よ、御子にご加護を!」群衆たちは両手を合わせ、ジーザスの生還と幸運を祈った。その時、碗に残こり僅かな辣油の一滴がペトロの瞼に落ちた。

アッッッガガッックポゴッ!!?」

辣油に眼球を炙られ、ペトロは悲鳴をあげて狂ったように目を擦る。それが悪手。辣油がさらに広がり、涙腺に伝って循環システムに入った。

「ARRRRRRGH!!?」

ペトロは絶叫し、台から転がり落ちた。しかしジーザスは筆頭弟子を一瞥もしなかった。いや、できないのだ。あまりの辛さで身体を駆け巡る電気信号が乱れて、それが五感に影響を及ぼした。ジーザスは今、無明、無嗅、無味、無声の状態に陥っている。皮肉にも般若心経に記された”照見五蘊皆空”の境地に辿りつつある。

「チッ、9辛まで食べきりおったとは」

台の下、ローマ兵に護衛されている大祭司カイアファが舌打ちした。なぜジーザスはゴルゴタの処刑台で、激辛担々麵を食べていたのか。それはこの男が神の子という偽りの衣を剝くために用意した残忍なショーである。ジーザスの解放と引き換えに、1辛ちから10辛までの辛い麺を完食しなければならないという条件を申し出た。ジーザスは受けるしかなかった。

「なかなかやる男ですネ」

カイアファの横、道士とコックの特徴を折衷した服を着た男が言った。肌は土色で、細長い顔、細長い目、ナマズめいた細長い髭、初期のディテクティブ・コミックに描かれたステレオタイプ中華系ヴィランのような容貌だ。彼の名は高膾(ガオ・クァイ)、拷問料理(トーチャリング・クズィン)の達人で、中原でもはや敵なしとされた彼はまた見ぬ食材と拷問法を探し求め、崑崙山を越えてやってきた。

「感服する場合か?ジーザスを死なせなかった場合、代わりに貴様の頭が飛ぶぞ」
「ご心配ないありませンヨ」

高膾は臨時に建てた屋台から呪符を貼った黒い壺を取り出した。

「このとっておきで、必ずあの男を仕留めましょう、クックク……これはわたしが崑崙山で道に迷い、死の縁に彷徨って……」「御託はいい、早く次の料理を出せ。彼に休息の時間を与えるな」「御意」

高膾は手袋を嵌め、口と鼻を布でマスクした。壺の中に手を伸ばして、乾燥した小さな黒い果実を取り出した。それを薬研で砕き、溶かした牛脂が泡立っている鍋に投下!ズサーッ!熱で辛味を炙り出し、牛脂が通り越して黒に変色!

「グググ……いいぞ!姿を現せ、黑龍袍!」

マスクに下に高膾が笑い、次々とスパイスを投下。鍋から黒い油煙が凄まじい天に昇る黒龍の如く勢いで駆け上った!そして煙の龍が風に吹かれて、ジーザスの支持者に襲いかかった。

「ゲッホ!ウエッゴ!クライストォ!」「メッヘ、メッケヘ!メシアハッゲェ!メシィヤァーッ!!!」「何のこれしき!信仰があれば、これぐらいの屁でもないわ!」

咳き込む支持者たち。ノリノリで辣油を煎る高膾を、大司祭は冷たい目で見た。

(もうちょっと静かにできんものか)

13種のスパイスを加えて煮込んだ牛骨スープを注ぎ、茹でた麺少しラードを入れて混ぜあわせ、最後に黒い辣油をかけると、完成だ。

「わたしの故郷の定番料理、小麺でございます」高膾はジーザスに麺を差し出した。白い碗の中、黒い辣油がぐつぐつ泡立っている

「貴方様のために辛さを10に調整しました。旨く感じられるのは最初の一口だけでしょう。それからは……ククク……地獄の始まり、確実の死ネ!」
「……ありがとう……ございます」
「なに?」

ジーザスは充血した目で高膾を見上げた。

「これは試練だ。あなたの料理のおかげで、いままで天にいる父もっとも距離が近い。私の中に何かが開きつつある」

(なんという男だ。この期に及んで苦境を転機にしようと?)一滴の汗が高膾の頬と伝って流れ落ちた。

(父よ、お守りたまえ)

祈禱を捧げ、ジーザスは箸を握った。そしてついに、辣油の表面を突き破った!

(続きません)

当アカウントは軽率送金をお勧めします。