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聖戦士、リーの誕生③

「カイィィィィィィーーンッ!!!」

 朝方の農園にアベルの怒号が轟いた。

 カインは燕麦の脱穀作業を止め、顔をあげた。農園の入り口にアベルが居た。顔が赤らんで、太い血管が浮かび上がり、肩が上下に動くほど呼吸が荒い。マジギレだ。

「てめえだろ! イールをやったのは!」
「……何の話だ?あとでめえとはなんだ?お前の兄だぞ」

 脱穀棒を肩にかけ、カインは額に浮いてる汗を手の甲で拭いた。その落ち着いた顔はさらににアベルを苛立たせた。

「とぼけてんじゃ、ねぇぇぇーッ!」

 叫びながら、アベルはカインに向かって全力でダッシュ!しかしカインは顔色が変わず。脱穀棒を担いあげて迎撃の体勢を取った。

(早くもバレたか。だが俺のやることに変わりはない)

 カインが手にしている脱穀棒(フレイル)とは、長短2つの棒を金属の輪っかや鎖で繋げて、遠心力を利用して短い方の棒を穀物に打ちつけて種殻と種子を分ける農具だ。しかし遠心力を乗せた棒の威力は凄まじく、後に金具で補強したり鋲や釘を付けたり殺傷能力を底上げして戦場で使用された。突っ込んでくるアベルが間合いに入った途端、脱穀棒を振り下ろし、一撃でアベルを打ちのめしてダウンさせる。これがアベルの算段だ。

 カインとアベルは6歳の年齢差がある。つまりアベルが小学校に入る時はカインはそろそろ卒業して中学生になる頃。そしてアベルが18歳になり、ようやくスポーツジムに入れて効率的に筋トレを始める時にはすでにカインが6年も早く入会してトレーニングを積めて、6年分の差を付けている。カインはトレーニングを怠って、アベルが死ぬほど頑張れば、あるいはカインが先に加齢で体力が衰え始めたとすれば、この差を埋められたかもしれないが、カインは過酷な農作業以外にも身体の鍛錬を毎日欠かさず、そして今年の年齢は30、人類男性の一生において体力のピークにある。

(なぁに、少し懲らしめて、もう二度と俺に逆らって養鰻などに気が起こらないようにしてやるだけさ)

 ガチキレてるアベルに対し、自分が氷のように冷静だ。ずる賢い養鰻家のアベルより地道に農耕してきた自分が自然と調和して正当性がある。アベルは自分より弱い、しかもアホだ。カインはそう思った。ゆえに彼は慢心した。

 走りながら、アベルはベルト代わりに腰に廻していたオオウナギの死体を掴んで、カインになげた。「むっ!?」咄嗟に脱穀棒でガートを取るカイン、死んだオオウナギは脱穀棒の柄に当たって止まられたが、頭と尻尾が慣性運動のままにボーラめいて回転して、カインの頭の左右両方から同時に打った。

「ぎげぇ!?」

 ダメージこそ大したことないものの、養殖物の特有の生臭さ、冷たさ、そして体表についている粘液が極めて不快の感覚で、カインが思わず目を閉じてしまった。その隙にアベルは距離を詰め、前蹴りを放った!

「イルァーッ!」「げぼァ!」

 体重と速度をかけた爪先が腹部に突き刺さった!カインがリンゴ繊維混じりの胃液を吐き出し、身体がくの字に折り曲げた。良質のプロテイン、不飽和脂肪酸、ミネラル、多種のビタミン、コラーゲン等々、イールに含まれた豊富なアベルの肉体を強化した。そしてイールDHAで知能にもブーストがかかって、対人戦闘がほぼないこの時代にイール死体を投げつけて攪乱する戦術まで着想させたのだ!

「情けねえぜ、クソ兄貴」「くぼぁ……!」

 アベル苦悶しているカインを押したおして馬乗り姿勢で首を絞めた。

「ぐぇ……!げッ……!」
「安心しろ。ちょっくら痛めつけて、この家の本当の主が誰か思い知らせてやるだけさ」

 アベルは指の力を強めた。カインはもがき、拘束から脱そうと手アベルを手で殴るが、手打ちの打撃にアベルはびくともしない。

「早くこうすればよかったんだ。兄だから、家族だから色々言わないでいたけど。今回はゆるさないよ。弁償してもらうぜ」
「こぼっ」
「なぁにが農業だ。バカらしいぜ。カスみたいなリンゴばっかりつくりやがって……オレを見習ってもっと家計に貢献しろ」
「ぎぎ……」
「来年の春さ、一緒に川口でシラスウナギ獲りに行こうな?時間と競い合う重労働だぜ?ビシバシ使ってやるよお兄ちゃん、その筋肉は飾りじゃないだろ?」
「げひぇ……」
「そんで大儲けしたら、お兄ちゃんカミサマのこと忘れて、オレら兄弟2人また仲つつまじいわけさ!養鰻の世界が素晴らしいよ!……そう、すべてはクルルー様がくださるお恵みだ……イアー!イアー!クルルー!ダーグンン!一緒に養鰻に力を尽くそうぜ、オニイイイイチャン!」

 クルルー、ダーグン。酸欠で遠のいていく意識の中で、その二つの言葉を耳にした瞬間、わけもわからない恐怖がカインを襲った。全身の毛が逆立った。クルルー、以前に神が両親と自分をEDENから放逐する際に口にした言葉だ。詳細は知らないが、神と敵対する存在だと考えられる。なぜアベルはその名前を言い出す?イールはクルルーの眷属だと神が言っていた。ならば、イールに親しいアベルもまた、クルルーの使徒になっていた、ってこと!?

(そうだとしたら、なおさら俺はここで死ぬわけにはいかない!)

 最後の力を振り絞って、荒海に放り出されて、浮いてるものなら藁でも必死にしがみつく船乗りのように、カインは手足をばたつかせたもがいた。

「ハハッ!さすがオニイチャン!また耐える!無駄に肺活量がいいぜ!」

 嘲笑うアベル。しかしその時、カインの指先は何かに触れた。

 それは牛か、鹿か、それとも今は既に絶滅した何かの草食動物の顎骨だった。

 カインはそれを掴み、アベルの頭に振った。

(続く)



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