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聖戦士、リーの誕生④

「おがっ!?」

 カインがやぶれかぶれに振り上げた顎骨にアベルの頭側部を殴った。「てぇっ!」アベルは反射的にカインの首を絞めていた手を戻して頭を抑えた。「ホハァーーッ」気管が疎通カインは力一杯に息を吸った。新鮮な空気を肺に充満し、酸素が全身に駆けめぐり、力が身体中に充満する!

「ヌンッ!」「おわっ!?」

 カインは両足でアベルの下半身を挟むようにホールドし、コアマッスルをフル稼働させ腰を右へ捻った。アベルの視界は上下180°ひっくり返った。マウント逆転。今はカインが上、アベルが下になった。

「あっ、あっあぁ……」アベルは兄の顔を見上げた。その目が怒りに燃えて、顔に血が登って茹でたエビよりも赤い。空が曇っている。

「お、お兄ちゃん……」
「アベル……お前よくもッ!」骨を振り下ろす!
「あたっ!」
「弟の分際でぇ!」骨を振り下ろす!
「やめっ」
「生意気ッ!」骨を振り下ろす!
「がはっ」

 これからの展開はガエターノ・ガンドルフィの《カインとアベル》描かれたとおり、カインは骨を棍棒代わりに何度も無慈悲に振り下ろし、アベルを一方的に叩いた。裂けた頭皮から血が噴きだし、カインにぶっかけた。

「ヌゥーン……!」

 カインが骨を高く掲げた。農作業で鍛えられた背中の筋肉が山脈のように隆起する!この一撃で決めるつもりだ!決めるとは何を?アベルを?それを思考する余裕は今のカインにはない!

「ンゴァラァァァーッ!」

 ガコッ。骨と骨がぶつかる鈍い音がした。アベルが動かなくなった。

「ハァ……ハァ……!」

 骨を投げ捨てて立ち上がりったカインは弟を見下ろした。

(……いいざまだ)

 優越感の風が吹き渡り、心を曇らせたもやもやが払われて、晴れやかな気分だ。

(これが正しい位置だ。兄より優れた弟など存在してはならない。長男として、これからは俺がこの家を支える、柱にならねばならないのだ)

 カインの胸は自信と責任感で満ち溢れた。カインは優しく微笑んで、アベルに話しかけた

「どうだアベル、兄はまたまた凄いだろ?だからお前はもう養鰻とかバカなことやめて、俺と一緒に農園の世話をするんだ。俺のグリーンフィンガーズとお前の生物的知識があればきっと上手くやれる。エデンのリンゴもきっと再現できる。一緒にニュー・エデンのブランドを全半島、いや、全大陸に広めようではないか!」

 喧嘩で分泌されたアドレナリンに影響されて、興奮気味の口調で語ったカイン。しかしアベルは反応を示さなかった。アベルは眉をひそめた。

「なんだアベル?俺に負けて拗ねているのか?ハハハッ!でも仕方ないだろ?弟に負ける兄なんて居ないから」

 冗談まじりに語りかけるカイン、しかしアベルは反応しなかった。

「おいおいおい、いつまでそこで寝ているつもりだ?ささっと起きろ。家に帰ったら手当してやるから……」

 弟を引き起こそうとカインはアベルの両腕を掴むが、まるで水を吸った羊毛のように重たかった。駄々っ子されたと思い、カインが腹が立った。

「おいアベル!あまりふざけるとまた怒るぞ!男子たるもの、自分の足で立たんか!」
「そんなできるなわけないだろ」

 ふと、背後からどこかで聞いたことある声が聞こえた。カインが振り向くと、そこにティルダ・スウィントンと似ている、背中に大きな翼が生えた女が立っていた。

「あっ、か、カブ!」

 カインは目を瞠った。女性はすなわち、神に仕える大天使カブリエルその者だ。失楽園から30年余りの時間を経ても、彼女の容姿はカインが子供の頃に見た時から人る変わらない、超然とした美貌であった。

「カブ、久しぶりだね……それよりできるなわけないってどういういみだい?」
「そのままの意味だよ。あむ」

 カブリエルはポケットからプレッツェルを取り出して、ばりぼりと咀嚼しながらカインに告げた。

「だってアベル君、もう死んでんじゃん」

(続く)

 

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