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チャーハン神 炒漢⑤

「ギャアアアアアーー!!!」

 青白い火だるまになった半鼎魔が激しくもがくが炒漢はレッグロックを緩めことがなく、火炎放射器の如く炎を浴びせ続ける。

「店ぇ、店がァーー!アアアアアーー!!いや待て、契約書ォ!契約書が焼けたら俺が死ぬ!アアアアアーー!!!」

 パニック状態に陥った店長。炎に包まれている妖女のドレスが焦がれてゆく!しかしこの際に彼女の全裸姿に興奮する者がいるまい。

「おのれぇ……いい餌場、だったのに……」

 燃えながら、半鼎魔が断末魔めいて言葉を絞り出し、ポーンと水蒸気のような煙幕と化して爆散した。

「嘶ゥー……」

 火吹きを止めた炒漢は残心し、空中を舞っている一枚のA4プリント紙をキャッチした。契約書だ。あれほど派手な火炎放射に見舞われながらも、契約書と厨房は無事である。

「燃えていない?なんで?」「三味真火は邪悪のみを焼き払う。そしてこれが貴方の苦痛の元だな?もう大丈夫だ。契約主が力を失った以上、効力もなくした」

 チャーハンは契約書をくしゃくしゃと丸めて、再び掌を赤熱してそれを焼き尽くした。

「ほっ……あぁ……」灰になって散っていくA4用紙を見上げた店長は胸の中を詰まっていた重い物が落ちていった感じがして、思わず涙腺が熱くなった。

「ぐぅ……うぅ……よかった……!助かった!」「店長!」「おお、ケイコ!すまんな……バイトなのに大変な思いをさてしまった。本当にすまなかった!」

 戦闘開始から冷蔵庫の後ろに隠れて避難していバイト店員が駆けつけて、二人は抱き合って泣いた。

「火事ィィィーッ!……ってどこも燃えてないし!?」

 消化器を持って厨房にかけ込んだセンチ美は直立している炒漢と抱き合っている二人と視線を交わし、気まずそうに消化器をおろした。店長と店員のケイコも気まずそうに体を離した。

「感動と解放に浸っているときに悪いが、さっき注文した半チャーハン2つを急ぎに作ってもらえるかな?腹べこなんだ」

 炒漢は店長に言った。よく見ると炎のように赤橙色の髪がさっきより輝きが減っている。エネルギーを消費したのだ。

「あ、ああ、そうだな。申し訳ありません。今すぐ作りますんで」「いや、店長は休んでください」

 立ち上がり、調理台に向おうとしている店長を、ケイコが遮った。

「私が作ります」「ケイコ!しかし君はまた一度も料理の研修を受けてはいないぞ!」「大丈夫です。まかないでよく食べたし味は覚えています。私こう見えても」

 ケイコはポロシャツの袖を巻け、鍋で程よく鍛えた二頭筋を見せた。

「家で結構練習したんですよ!」

 逞しくなったケイコを見た店長はまた泣きそうになり、彼女の肩を叩いた。

「そこまで言うなら、やってみよう!」「はい!」

 二人はなんかいい感じになった。店長は振り返り、改めて炒漢とセンチ美に言った。

「あっ、それと、料理の過程は商業機密なんで、お客さんたちは席に戻ってお待ちください」

「無論だ。センチ美、厨房から出よう」「あ、はい」

🔥🍚🥚

「ハァ……」

 五分後、黙々とチャーハンをスプーンで口に運んでいる髪と目の色が黒に戻ったテツローを見て、頬杖してみながらため息したセンチ美。見慣れた顔はいつもよりミステリアスが増して、乙女心をくすぐる……

「チャーハン全然進んでないな、貰ってもいいか?」「あ?ああ、うん、どうぞ」

 感謝のしるしに、店側からもう一皿の半チャーハンを無料サービスしてくれた。センチ美は炭水化物の摂取を神経質なほどに気にしている女子ではないが、さっきのことを経ていまいち食欲が湧かない。テツローは今日五皿目の半チャーハン店長食べ始めた。店長とケイコというバイド子が楽しそうに厨房の小窓に通して喋っている。ははーん、これはいわゆるつり橋効果だね。見た感じ店長は三十代後半、ケイコは二十代前半といったところか。さていつまで効果が続けるものか。と考えているセンチ美であった。

「そいえばさ」「んあ?(もぐもぐ)」「今はテツローなの?炒漢なの?」「……(もぐもぐ)」

 テツローはマナーよく口の中にあるチャーハンを飲み込んでから口を開けた。

「今の僕はテツローであり、炒漢でもある。きみが普段誰も気にしていない本質を突いた質問と、この店に漂っている妖気がトリガーになってチャーネットへの道が開かれ、僕の中に眠っているチャーハン神の力を目覚めせさせた。僕とチャーハン神、二人の人格が融合し、炒漢という存在が生まれた」

「……まじかぁ」

 自分が面白がって軽率に口にした質問があんなことになるとは予想できるはずもなかった。胃袋が縮んだ感じがした。

「その、ご両親はこのとこを知っている?」「これから説明するつもり」

(うぅ、ごめなさいおじさんおばさん、私のせいで息子さんが神になちゃった……)さらに胃袋が縮んだ。

「じゃあさ、これからどうする?学校に来るよね?」「否」

 三つの半チャーハンを食べきったテツローは水を一口飲み、話を続けた。

「覚醒した以上、僕はチャーハン神として責務を果たさねばならない。パラパラにできなかったチャーハン、昨晩のライスを使わなかったチャーハン、あんかけチャーハン……正さなければならん」「てことは学校をやめるの?今までの人生を全部投げ捨てて?」「そういうことになる」「そっか……」

 寂しくなるよ。と、センチ美は言わなかった。彼女とテツローは仲のいい友人同士、それだけだ。彼を慰留する理由など、センチ美は持っていない。

🔥🍚🥚

「「本当にありがとうございました!」」

 ドアの前で店長とケイコがもう一度深くお辞儀され、テツローとセンチ美は後楽后を出た。夕日で町はコンソメスープみたいな褐色に染め上げている。

「もう行くのね」「ああ」

「「……」」

 暫くの沈黙。テツローはセンチ美の肩を軽く叩いた。

「そんな顔しないでくれい。一生の別れとは言っていない。それにチャーハンを食べてくれたら、チャーネットを通ってきみといつでも繋げる」

「そ、だね。うん」センチ美は自分の声が震えていると気付き、すこし驚いた。少しでも気を緩めたら涙が出てしまいそうだ。「いってらっしゃい、テツロー君。気をつけて」

「ありがとう。さよなら、センチ美」

 言い終わると、テツローは振り返らず夕日へ、西の方向へ、決断的に歩き出した。

 その日、センチ美は寮に戻ると凄まじい疲労感に襲われて、風呂も入らずそのままベッドに沈んだ。翌日、魂が抜け状態で授業を受け、午後部活に顔を出した、テツローは普通にいた。実家と相談したところ、卒業するまで、チャーハン神に就職することは許可されなかったらしい。

(おわり。次はエピローグ)

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