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ようこそ、ユーシャルホテルへ!⑦

「イルジは背中がきれいだな。わっはすっべすべぇ」
「ありがとう。手入れはしているわ」
「とか言ってそばからニキビはっけん!潰しちゃっていい?」
「痛いからやめて!」
「冗談じゃよ!ほい、塗り終わりましたよ、と」

 ぺちっと、オーポーが私の肩甲骨のあたりを叩いた。流石に気さくすぎ何なんじゃないかと思ったが意外と嫌いな感じではなかった。浴塩のじりじりと背中の皮膚に刺激を与えている。

「今度は私が塗ってあげる」
「ウイ、頼む」

 オーポーは毛が生い茂る背を向けた。何と言うか、すごいな。記憶の中でお父さんの胸も結構毛が生えているが、オーボーの背中と比べるとまるで頭髪が生え始めた赤ん坊みたいだ。ドワーフの女はみんなこんなものなのか?少しは気を引けたが塗ってあげると言い出した以上、退くわけにはいかない。私は鉢から浴塩を掬って、オーボーの肩から塗り始めた。

「くっ、ひひ……」
「どうしたの?痛かった?」
「ちょっと、くすぐったい。大丈夫じゃ、ご遠慮なくやれ」
「そうか、なら続くよ」

 予想通り、毛髪に遮られて、浴塩がなかなか皮膚に届けない。私は指に力込めて、マッサージの要領で揉み込む。

「きっ、ふふっひ……」
「ちょっと背中固くなってるぞ。力抜いて」
「ぎひっ……マッサージは……慣れん!」
「我慢なさい!」
「あ、ああ!我慢すんぞ!」
「じゃあ腰に行くわよ」
「ぐぅん!!!」

 オーポーの身体は水を離れた魚のように大きくはねた。全身の筋肉が強張り、くすぐったさに対抗している。これじゃマッサージの意味がなさないと悟って、私は適当に浴塩を塗りたくって終わらせた。

「はい。お疲れ様です」
「ありがとう……ふぅー」

 オーポーは苦難から解き放たれたのように一息して座りなおした。

「マッサージが苦手なら無理しなくていいのに」
「いやでも、せっかくイルジがやってくれると言ったから、断ったら勿体ないじゃろ?どこでマッサージなかなか上手かったぜ。どこでを覚えたんだ?」
「それは昔学校で……」

 昔、魔法苑に入ったばかりの頃、「魔法使いなんて不釣り合いの目標より、盲人のあんたはマッサージャーがお似合いだわ!」と先輩に迫られて、マッサージをやらされた。その先輩は後にペルンの王に仕えることになり、帝国につく私と戦場で出会った。結果から言うと、彼女はもう二度とマッサージを受けなくなるようにしてやったし、マッサージの技術が社交の場で意外に役に立った。ありがとう先輩、ざまあみろ。

「学校だと?イルジ学校に行ってたんか。通りで気品のあるわけじゃ」
「オーポーは学校行ったことないか?」
「ないない。記憶があってから親父の工房にぶち込まれて、ヤスリとハンマーを握って、宝石細工やらせてら」
「まぁ、お気の毒に。しかし学校も貴女が思うような楽な場所ではないわ。生徒たちだっていつも教師の鞭を恐れている」
「へっ、儂なんかダイアモンドを蚤の毛みたいな細い傷でもつけたら親父の拳骨が……この話題はやめよう。不幸比べ以上不毛なこたぁない」
「だね」
「エール飲もう。イルジはどう?一杯いっとく?」
「遠慮しとくわ」
「ならワシは遠慮せず。うぐ……うぐ……」

 暫くの沈黙。サウナの熱気が発汗を促して、浴塩が溶かされる。直接瓶に口をつけて牛飲するオーポーを見て、酒は水分補充にならないと知っているものの、あんなに美味しそうに飲んでる人が隣にいるとこっちまで飲みたくなってしまう。

「しかしすごいわ。サウナなんて、オーキ・ナイェールみたいな大きな町とか、貴族のお屋敷でしか見たことない」
「当店の風呂を褒めていただき、ありがとうございます。レッシャー施設を充実してこそ、当店が普通の宿屋に差をつけたゆえんでございます」
「え?」

 オーポーではない。声は私の向こう斜めから来ている聞こえた。また慣れていない目で凝視する。

「は」私は驚き、息を呑んだ。そこには人がいた。手足が枯れ木のごとく痩せて、皺だらけの老人の身体。胸の萎れた乳房が女性であることを示している。そしてやや尖った耳、エルフだ。

「アーハハハ!」オーポーは心底楽しそうに腹を抱えて笑った。「その顔よホホホッ!おいイルジ!いくらオーナーが気を隠すのが上手でもよ!気付くのおそすぎんぜ!」
「オーポーさん。サウナ室内はお静かに」
「はい」
「よろしい」

 オーナーと呼ばれた老人の黄色い目が私を見た。

「お初にお目にかかります。レディ・イルジ。わたくしの名はウグイ、一応ここの主人ではあります」

(続く)

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