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ガチ過ぎるライフスピーチと、心理的安全性

私がまだDeNAの新卒採用チームで働いていたころ、チームにスピーチコンサルタントの肩書きをもつ千葉ちゃんがJOINした。

千葉ちゃんはDeNAの2017年新卒で、内定者時代は私がHRメンターだったこともあり、同じチームで働くのは少しむず痒かったけど、嬉しかった。

その後スピーチライターとして独立した千葉ちゃんのサイト。高校から弁論を始め、何度も全国一位になっている。元ミス慶應SFCで、可憐。

「新卒採用担当なるもの、会社のことを社内で一番魅力的に語ることができなければならぬ!」千葉ちゃんは鼻息荒く、我々に毎週スピーチ講座を開いてくれた。これがとってもよかった。

朝からみんなで腹筋に手を当て軽く汗ばむくらいの発声練習をし、その後様々なスピーチの極意を実戦形式で学ぶ。数ヶ月にわたる講座の集大成が、一人ひとりが「ライフスピーチ」を披露する、というものだった。

ライフスピーチとは

自分の人生を要約し、3000字程度の原稿を作成。当日はチームメンバー全員に向けて10分程度スピーチをする。スピーチ後は、一人ひとりから、スピーチの内容や話し方、身振り手振りなどの所作についてフィードバックを受ける。これで大体30分。

おそらくこのワークショップの意図は、要約力や文章構成力、スピーチ力をあげるというもので、とても勉強になったのだけれど、それ以上に、みんなのスピーチ内容のガチさレベルが、凄まじかった。おそらく千葉ちゃんもこんなことになるとは想像してなかったんじゃないか...。

ガチすぎる自己開示

DeNAの人は基本みんな真面目。何事も真剣に取り組む。でも、この時ほどそれを痛感したことはない。

たかがスピーチの課題だと、体裁のいい人生ストーリーを語る人は一人もいない。すべてガチだ。聞いているほうが「え、こんなプライベートでセンシティブな話、聞いちゃっていいの...?」と戸惑うほど。スピーチを聞きながら、発表者の当時の心境を想像するだけで、自分も涙ぐんでしまうことが何度もあった。

この人はこんな人(活発、巻き込むのが上手、努力家、冷静、優しい、バランスがいい等々)と、なんとなく感じていたそれぞれのメンバーの強みには、すべて、そうなるべくしてなった重厚なエピソードがあった。育った環境や、家族との関係、成功体験や挫折、葛藤やコンプレックス。

毎日毎日すごい数の学生さんと面接をして、面接で語られるエピソードから人となりやバックグラウンドに想いを馳せることが習慣化されていた私は、他者の人生に感情を憑依させるスキルが人並みよりは高いと思う。ライフスピーチで語られるメンバー一人ひとりの生々しいエピソードや濃密な感情の渦に巻き込まれて、その日は一日、ちょっとしんどいぐらいだった。多分みんなもそうだったと思う。

自分が話す順番が回ってくると、一週間前から、シャワーを浴びている時も、通勤時間も、ずっとスピーチの内容を考えていた。当日は朝からとても緊張した。「こんなこと話して引かれないかな」とか、「やっぱり恥ずかしい」とか、いろんな感情がごっちゃになって、プレゼン慣れしている私も、話し始めるときは声が震えてしまった。

(スピーチの冒頭は、大好きな太宰治の「人間失格」の文章を引用した)

でも、話し終わった時に、「あくちゃんらしいなって思った」「最初の1on1でのあくちゃんの発言(私は覚えてない)が、やっと本当の意味で理解できた気がする」というコメントをいただいて、スーーーッと心が軽くなったのを覚えている。

心理的安全性の高まり

心理的安全性という言葉をしっかり理解できている自信は毛ほどもないのだけど、ガチ過ぎるライフスピーチがチームに与えたよい影響は、まさにこの言葉がしっくりくると感じている。

みんなの強みや弱みに対して、以前よりずっと立体的な理解が進み、ディスカッション一つとっても、発言そのものだけでなく発言の裏側にある価値観まで、ある程度想像ができるようになった。

チームの誰かが憤りや悲しみを感じている時も「あー怒ってるな」だけでなく、なんでその人がそんなに怒っている(悲しんでいる)のか、わかるようになった。

私自身も、「もう大体バレてるし」って感じで、自分をよく見せようとか賢く見せようとかっていう壁が一切なくなった。自分がよいと思ったこと、やりたいことを、恐れずシームレスに発言・実行できるようになった。

オススメできるか

これは結構悩ましい。みんながおおよそ同等の自己(他者)理解力と自己開示リテラシーを持っているチームじゃないと、ここまでうまくワークしなかったと思う。

私はよく人に、あくざわは正直だとか、あけすけだとか言われるけれど、絶対見せたくない自分を隠すために、逆に出してもいいことはサッサと出すし、すぐにおちゃらける。大事な部分を隠匿するための処世術であり、軽々しく人に根っこを見せたくはない意識は人より強い気もする。

そんな私が斜に構えずに、今までよりも一歩踏み込んだ自分を晒せたのは、チームのみんなが信頼できたからだし、みんなのスピーチに私自身が心を震わせられたから。ちゃんと向き合おうと思った。そうじゃなければこんなに怖くて、自分が傷つくかもしれなくて、何の得になるのかもわからないこと、絶対にできなかった。

そもそも心理的安全性が高いチームだったからこそできたことだと思う。

最後に

チームのパフォーマンスを高めるためには相互理解が大事。そんなことみんなわかっていると思うけど、これがなかなか難しい。

隣のチームでうまくいったからといって、同じ手法が自分のチームでうまくいくとは限らない。人はとても繊細で複雑なので、丁寧に丁寧に進めていかないといけない。でも、だからこそおもしろいし、施策を投じて、チームの空気が変わったと実感できた瞬間はこれ以上ないほど嬉しい。

私が経験した「ライフスピーチ」という手法を、自分が別のチームで試すことがあるかはわからないけれど、とにかくかなり鮮烈な体験でした。

twitterもゆるゆるやっています(@akuchaaan)



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