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「美容整形で顔を変えた娘」と「帰ってこなかった母」の話。


わたしが整形した理由の1つが「家族を顔から消したかったから」です。

ちょっと重い話になりますが、 子供の頃、わたしは違う人に育てられずっと母親を憎いと思っていました。弟が生まれるも、母親は育児をわたしに任せ、帰ってきませんでした。

一生懸命勉強をして本命の高校受験に合格するも、誰にも祝われず、合格発表の翌日には祖母に「お金のない家なんだし、高校行くのやめて働いたら?」と言われました。

借金を膨らましてばかりの父親には、「女の子なんだから身体を売ってくれば俺より稼げる」と言われました。

そんな家が嫌すぎて、家を出て1人暮らしをはじめるも自分の顔を見るたびに家族との嫌な思い出が蘇って、ヒステリックに鏡を何度も割ろうとしました。

そんなことももう思い出したくなくて、コンプレックス含め、家族を思い出すところを整形しました。

でも本当は、心の底では、ずっと仲の良い家族に憧れてた。

自分で学費を払って通うと決めた高校のためにコンビニで毎日アルバイトをしていましたが、コンビニに訪れる仲の良い家族を見るたびに心が苦しかった。



整形をしたら、たくさんのチャンスに恵まれて、そのチャンスを活かして本当に欲しかったものや憧れていたものを手に入れたいと思いました。
そして実際に、今まで憧れていた毎月の海外旅行、南青山に住むこと、高級レストランやホテルで過ごす、と憧れを叶えて行きました。



「今のわたしはこんなに恵まれていて、フィリピンから日本語も全然話せないのに、日本に来て、23歳で私を産んだ母は当時どんな景色をみていたのだろう」
と私が子供の頃の母親の年齢よりも歳を超えたころに思い、わたしが見た世界を見せてあげたいと思い、私が25歳の時、はじめて母親と京都に行きました。


慣れない家族旅行でしたが、今でもとても思い出深いです。



わたしは運良くいろんなところに連れてもらったり、行ったりしましたが、フィリピンから1人で日本に来て、ずっと借金返済のために仕事ばかりをしていた母親は行ったことがない場所がたくさんあります。

今回は、母にとってはじめての大阪に行き、リッツカールトンに宿泊しました🦁

憧れは自分で叶えればいいと、毎年この旅行は恒例イベントにしています。

これからも自分が憧れていた家族を、大人になったわたしがつくっていきたいと思います💐

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