月が溶けきる前に

星が綺麗な夜僕は一人車に乗り込み少し離れた海まで走った。走っている最中僕は車内の暗い空気を入れ替える為に窓を開けた。
窓の隙間からはすぐに手先の感覚がなくなってしまう程の冷たい風が流れ込んできた。
僕はすぐに窓を閉めたくなったが周りに車もおらず心地よい空気だったからしばらく閉めずに走った。信号待ちの間で煙草に火をつけ
冷たい空気と共に深く深く煙を吸い込む。
風が入ってくるせいで煙草はすぐに灰に変わってしまった。対向車線を流れるトラックやタクシーはきっと人が集まる場所へと向かっている。僕はそこから遠ざかり一人落ち着きたかった。僕がこうやって考えている時間にもきっと向こうの人たちはそれぞれの生活を営み続けている。僕だけがとまっている。僕がとめている。そうやって心の底からわきあがる彼らをゆっくり外の空気に触れさせながらしばらく走り海に着いた。
車を停めて上着を着ると僕は近くの小さな公園まで歩いた。途中にあるコンビニで熱いコーヒーと煙草を買い込んだ。公園に着くと釣りをしている人が何人かいたが誰もが無言だった。そばを歩く僕に目線をふることさえなかった。公園に入って三分程歩くと防波堤が見えてくる。そこには立ち入り禁止の看板と申し訳程度の柵があったが僕は乗り越え防波堤の先まで歩いた。防波堤の先は少し広くなっていて座って落ち着くことができた。
僕は座ると煙草を吸い深いため息をついた。
色々なことが頭を駆け巡る。僕はひたすら何も考えないようにしたかったが簡単ではなかった。月が溶けだしそうな揺れ方をする海面を見ていると涙がでてきた。きっとひどい顔をしているんだろうなと思い涙を拭く。時間が解決してくれる。
彼らもその内もといた場所に戻りそしてまた僕が重い蓋をのせる。それまではこのままでいようと。結局僕が帰ることができたのは水平線の辺りがほんのわずかに明るくなってきた頃だった。僕は吸殻でいっぱいになった紙のコーヒーカップを持ち車に戻った。
釣人たちは未だその場にいた。来るときと同じように誰もが僕に目線をふらないと思っていたが一人の若い釣人が僕に気付き会釈をしてきた。僕は少し驚いたが軽く会釈を返した。きっと向こう側に僕も行けるのかもしれない。月はもう揺れていない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?