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その文章、誰に書いてるの?

文章を書くときのtipsを書くのは難しい。それは、「自分は絶対に文章がうまいと言い切れる立場にいて、その極意を指南しよう」てな感じになるからだ。

それを承知の上で、文章を書くということについて書いてみたくなったのは、学部生、院生問わず、「なぜそうなる!?」と言うような文章に遭遇することが増えたからである。

文章を書くときに気をつけなければならないことは山ほどあるし、ここに書いたことをハウツー的に守ったからと言ってうまくなるわけではない。もうめちゃくちゃ訓練が必要なのだ。

そして、先に言っておくと、うまい文章を書く人間が、二人で協力して文章を書くことがあると思うが、これはかなりの労力がかかる。うまい+うまい=すばらしい文章とならないのだ。書き手には書き手のくせがあって、二人の文章をくっつけると、ところどころで「ぴゅ」っとなる。なんや、「ぴゅ」って。簡単に言うと、こっからここまではあの人が、そっから先は別のこの人が書いたという、「接合部」がはっきり見えてしまうのだ。結果として、なんか流れの悪い文章ができあがる。(だから、他人の文章をコピペしてくると、すぐに見破られるわけです)

書くと決めたら、まずしなければならないのは、読者のレベル設定、すなわち「その文章を読む人は、何をどこまで知っているか」を決めることである。

小学生に話すのに、「日本語のマーが副詞であるかフィラーであるかという議論については云々」などと言うのを考えてみればいい。絶対に伝わらないことが分かるだろう。

これくらい極端だと、誰でもそうだと思えるのだが、大学生が出してくるレポートには次のようなものがある。作例です。実例ではありません。

「本レポートは黒田(1979)における経験の概念を再検討し、云々。周知のように黒田はコ・ア系指示詞に対して直接経験という概念を提示した。しかし筆者は本稿で云々」

分かるよ。それ、授業で教えたもんね。多分、この学生も「先生なら分かるでしょ」ということでこのように書いている。

しかしそれではいかんのだ。
大学でレポートや論文を書くのは、「訓練」である。何の訓練かというと、「適切な読者を想定した上で、適切な文章を書く」訓練なのである。

「文章がうまい」というのは、適切な読者を想定したうえで、適切なことばを取捨選択して、順序よく展開させられること、と、とりあえずは言っておこう。多くの文章から抜け落ちているのは、「適切な読者」の設定である。後半の「適切なことばの選択」「順序よく展開」についてはまた別に考えよう。

大学のレポートの場合、想定する読者としては、大学一年生で日本語の文法なんて高校のときに習って以来、まったく勉強したことがない、興味もない、という人が、1回読んで分かるように書く、というのがよいと思う。

上の例でいうと、黒田(1979)が何を言い出したのか、その背景から説明しなければならない。専門用語も基本的には説明するべきである。なんせ、大学一年生が相手なのだから。

卒業論文の場合でも事情はさほど変わらない。将来その論文を読むかもしれない後輩のために、できる限り平易に書くべきである。

うちの学部では卒論は30枚書く。最初、無理! と思うかもしない。枚数が増えない理由の1つに、上に書いたように、想定する読者のレベルが高すぎて、説明しなければならないことを端折っているというのが高確率で、ある。
卒論執筆に悩んでいる学生さんは、ぜひご自分の論文を見直してみてほしい。

我々が書く学術論文でも、想定している読者はできる限り広くとる。その人がやっていることを本当にリアルに理解できる学者は数人しかいないと思ったほうがいい。だから、その人たち「だけに」向けて書くのではなく、大学院で勉強を始めた人や、これから大学院でもっと勉強したいという人が読んでくれたときに、分かってもらえるように書くべきなのである。昨今だと、非母語話者が読んでも分かる、という文章を書くように心がけたい。

赤ちゃんは生まれて、1年くらいするとことばを話し出す。でも、そのことばは、周りの大人、最も長く一緒にいるその人にしか伝わらないところから始まる。やがて、家族全体に理解され始め、たまに会うだけのじいちゃんばあちゃん、保育園や幼稚園の友達や先生、……と、伝わる相手が増えていき、大学では、他所の地域の人ともなんとかかんとか情報交換ができるようになる(か?)。

作文も同じである。練習しなければうまくならないし、何を練習するかと言えば、「できるだけたくさんの人が読んで分かるように」ことばを調整していくのである。

「あなたにだけ分かればそれでいい」という文章の書き方は、子供が喋っていることばが身の回りの人間にしか伝わらないのと同じである。つまり、あなたの文章は、まだお子ちゃまなのだ。


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