分かったつもりになっていることは、人に説明して初めて分かっていないことが分かる

今日は授業で、論文に書いていることと違う説明をして学生から指摘された。
論文を読んだときは理解したつもりになっていたのに、いざ人に説明しようとすると、理解不足が露呈した。

ということは、しょっちゅうある。人間の理解なんてそんなもんなのだ。正確に理解したつもりになっていることは、人に説明してみて初めて理解不足や誤解があることを知る。

論文でも同じで、文章を書いて自分で気づくならいいのだが、自分ではすっきり書いたつもりのものが、ぼろくそコメント付いて帰ってきたりする。手塩にかけて育てた子供がボコボコになって帰ってくるみたいな気分だと思われる。知らんけど。

ということで、「教える」という活動は、上意下達なのではなく、こちら側にも気づきがなければならないようなものである。誤解に対する気づきでもいいし、願わくば、新たな課題を設定するような鋭い突っ込みがほしい。

なんてことを思った月曜日の夕方の授業。毎週楽しく過ごしています。今日はみんな眠そうだったな。。。

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