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おじさん、気づく・・・。 1話目

■今になっての、のぞみ・・・

普通にビールを一口飲んで、彼は、こう切り出した。

『自意識過剰とかいうんじゃないんだけど、
 こういうことは極秘っていうか、誰にも知られたくないし、
 まぁ、だいたいにおいて恥ずかしい感じもするし・・・。
 でも、実現したいんだ。』

とまぁ、彼の言い始めたことを書き出してみたが、
その通りに書いても、何のことかわからないと思うので
意を汲んで、このあとの彼の言ったことをまとめてみた。

彼の望みというのは、
たまには素の自分をさらけ出したい。
素の自分で居られる場所と時間と相手が欲しい!
ということだった。

もっと具体的にいうと。

めちゃ疲れたり、落ち込んだりした時は、
女性の柔らかい腰に腕を回し、
そのまま膝枕で、何も考えずに眠りたい・・・
というか、甘えたい。
というか、そんな環境が欲しいというのだった。

そんなの、奥さんに頼めばいいじゃないか。

と思ったのだったが、彼は
結婚も長くなると、お互いにどこかで、溝というか
 理解してもらえそうにないことも出てくる。と言う。

あ!

なるほど。
そりゃあ、確かにそういうの、あるかも知れない。

実際。
彼は、結婚する前までの奥さんの性格とか容姿とか仕事とか
趣味とか癖とかの全てを理解納得した上で、彼女がベスト!と、
奥さんとの結婚を決めたのだろうし、
奥さんも、結婚する前までの彼の性格とか容姿とか仕事とか
趣味とか癖とかの全てを理解納得した上で、彼がベスト!と、
彼との結婚を決めたのに違いない。

しかし、
問題は結婚後の二人のそれぞれの人生にあったのだ。

二人は・・・

彼はというと・・・
結婚してからもう30年を過ぎて、
結婚する前より、すでに奥さんとの生活時間の方が長くなっている。
でその間、彼は結婚当初の性格とか仕事の実績とか趣味とか癖とかが
そのまま同じであり続けたかというと、勿論そうではない。

性格は、年相応にちょっと頑固になってきた面があるし、
容姿は、運動をしなくなったのでお腹がポッコリと出てきたし、
仕事は、頑張って昇進してきたけど、忙しすぎてだからだろうか
趣味のカメラは撮影に出かけることがなくなってきた。
メインの被写体であった娘さんが中学生になった頃、
「もう恥ずかしいから撮らないで!」と言ったのがきっかけらしい。

で、爪を短く切りすぎる癖はそのままだが、
何かあるとすぐに大きなため息つくようになった。

奥さんはというと・・・
出産を機に、子育て中心に頑張ってきた。
が、その分、夫への気遣いがなくなってきたのも事実のようだ。
もちろん、食事や洗濯など家事全般はずーっと続けてきているが、
彼が少し落ち込んでいるような時、それが気にはなってはいても、
どうしても子供の世話が中心となってしまっていた。

そんな環境の中で。
彼は、いつしか甘え方を忘れてしまった?のだった。

結婚直後の数年間は、仕事や何かで落ち込んで帰宅したら、
キッチンにいた奥さんをぎゅっと抱きしめ「はぁ〜」と溜息つけば、
奥さんが「こらこら、どうしたの?」とか言いつつも、
つまらない愚痴でも何でも、最後までしっかりと聞いてくれたし、
何より彼は、その腕の中に奥さんの柔らかさと暖かい体温を感じて、
「めげてる場合じゃない、この人のためにも頑張らなくちゃ!」と
そんな気分転換ができていたのだが・・・

子供ができると・・・
当然、当たり前のことなんだけど、奥さんは子育て中心になり、
疲れて帰宅した彼がキッチンで抱きしめようとかするものなら
「ちょっとやめてよ、子供が見てるでしょ!」とか言って、
彼の甘えを拒否というか面倒くさがるようになっていった。

でも、別に、子供が見てても良かったんじゃね?

だって「うちのパパとママは仲良しでうれしい!」とか
ハグを大切するように育ったかもしれないし・・・・。
そういうのって、素晴らしい家庭内教育とか子育てなのではないか
とも思ったが、もう過ぎ去ったことなので口にしなかった。

ま、いずれにしても、
結婚後の二人は、それぞれにいろんな状況を体験し、
それぞれ、肉体的にも性格的にも少しづつ変化してきたのだった。

■こうした中・・・

なかなか実感できなかった自分の変化に気づいてしまった時や、
こうして欲しいと思っても「もういい歳だし」とか思い始めて、
生涯のパートナーである奥さんに何も要求しなくなった時、
彼は、体温という心休まる温もりさえも得ることができなくなって、
気づかないうちに、いつしか孤立みたいなモノに包まれていった。

それで、その後、どうしたのかというと

彼は、今まで以上に仕事に全力を注ぎ、周りの人々から認められ、
頼られるようになったことで、自分に自分の存在を納得させてきた。
もちろん、給料もこれまでどおり家に入れ、家長としての責任は
果たしてきた。
でも、ずーっと、孤立みたいなモノに包まれたままだった。

そして、子供達が大学を卒業した時。
ふと彼は「これで、父親の役目は果たしたのかな」と
ちょっとだけ自分たちの人生を振り返ってみた。

家族生活は、ほぼ笑顔のたえない毎日であった。
子供達からは「すごく仕事ができ頼りになるお父さん」だったし
奥さんからは「私の目に狂いはなかった最良の旦那さん」だった。

でも、自分自身は、どうなのだろう?
子供達に不満はない。良い子に育ってくれたと思う。
それぞれ自分の好きな仕事にもつけたし、
あとは素敵な人生のパートナーを見つけて欲しいだけだ。

一方、奥さんに関して言うと、
奥さんは、下の子が中学に入った頃、パートの仕事を始めた。
その収入で、子育て中にできなかったことをするのだ!と言った。
それに異論はなかったので、彼は応援してきた。

でも、奥さんの中での自分の存在が、
さらに小さくなっていったことも、感じていた。

奥さんは、パートという新しい場所で、
お金を稼いで、新しい友達を作り、新しい洋服を買い、
新しい趣味を始め、何もかも自分の人生をリニューアルしていった。

それに比べて自分はどうた? 彼は思った。

会社では、昇進したものの、ずーっと同じ内容の仕事だ。
最近は、新入社員の教育も部下任せなので身の回りに新しいものが、
新しい刺激が何に一つない。

プロジェクトも、新規のものはない。
これまでのプランの焼き直しや改良を重ねていくだけが多く、
それが悪いとは言わないが、つまらなく感じてきてしまっている。

でも、老後のため、ここまで勤めてきた会社を辞めるとか
そういうのは勿体ないとも思っている。

ある日曜日の午後・・・

彼は一人で、家でゴロゴロしながらスマホをいじっていた。
特別、興味を引くようなニュースも何にもなかった。

すると、珍しく飼い猫が近寄ってきた。

下の子がもらってきて、奥さんたちが飼っている猫だ。
普段、かまってくれない彼には、あまりなついてないのだが、
この時は、お腹が減ったのか餌をもらいに来たのだろう。

キャットフードがキッチンの戸棚にあることは知っていたので、
餌の用意はすぐにできたが、一体どの位の量をあげれば良いのか?

悩んでいたら、猫が彼の足元にじゃれついてきた。
それがなんとも可愛かったので、
珍しく彼は猫を両手でつかんで抱っこしてみた。

これまで、頭を撫でることはあっても
抱っこするのは初めてだったのかもしれない。

 その時だった。

彼の両手と腕に、懐かしい温かさが感じられた。
人間のではないが、ふわふわとした中に温かい体温を感じた。

『あ、なんか懐かしい。
 あ、これか、この温もりがあるから、みんな猫が好きなのか?

いやいや、実際はそれだけではないと思うが・・・。

しばし、彼は猫を抱いたままだった。

それで、自分が、この体温という温もりを失ってから、
もうどのくらい経つのだろう?とか、
最近、誰かの体温を感じたのはいつだっただろう?とか、
会社に来る外国からのお客様と握手するときだけだった?とか、
自問自答しているうちに、いろいろと気づいた。

実際、子供たちの体温を感じれたのは、
抱っこができた小学3年生頃までだったし、
奥さんの体温は、奥さんがパートに出るようになってから、
ぜんぜん知らない。

それ以降、
マジで彼は会社に来た外国人と握手する時くらいしか
人の体温を感じていなかったのだった。
(勿論、中には冷たい手の人もいたのだけど・・・)

そういう現実があって。

それを今日、猫の抱っこするによって、
体温という温もりを再認識させられてしまったのだった。

『で、その柔らかさとか体温をもう一度!
 いや、今後はずーっと!
 いや、時たまでも良いから感じたい、感じられる状況が欲しい!
 だけど今さら、奥さんには言えないし、頼めないし・・・。』

なるほど。

うん、ここまでは、なんとなく、よ〜く解った!

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