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「スイミー」と似ている?ボダンの主権国家論

セカコ:先生が以前、授業で、「スイミー」のお話をされていました。あれは何のお話でしたっけ。

先生:ボダンの『国家論』について説明した時ですね。

セカコ:ボダンの思想とスイミーがよく似ているというお話でした。

先生:ボダンは、フランスの政治理論家・法学者で、主に16世紀に活動しました。彼は「国家」や「主権」の理論に大きな影響を与えた人物として知られています。

 ボダンは、彼の著書『国家六書』(Les Six Livres de la République)の中で、国家を理性のある生物に例えました。彼は国家を個々の人間とは異なる、「統一した意志」を持つ生物として捉えていました。この「生物」の生存と成長のために、その意志は一貫して尊重されなければならないと主張しました。

 この「国家を理性のある生物」ととらえる考え方を国家理性と言います。国家や社会は、個々人の集まりじゃないですか。本来、それ以上ではないはずです。しかし、例えば、1000人の個人が集まって、それで一つの国家を形成すると、その「国家」そのものが一つの生物のように機能するというのです。

セカコ:それが、スイミーとよく似ていると。

先生:「スイミー」は、アメリカの絵本作家レオ・レオニによって書かれた絵本です。「スイミー」の物語は、海の中で生きる小さな黒い魚、スイミーを主人公としています。スイミーは、他の全ての魚が赤色である中で唯一の黒い魚であり、その特異さから初めは孤立してしまいます。しかし、彼の仲間が大きな魚に襲われてしまったとき、スイミーは他の魚たちを助けるために、彼ら全員が集まって大きな魚の形になるというアイデアを思いつきます。スイミーはその大きな魚の目となり、他の魚たちは体を作ります。この結果、彼らは大きな魚に見えることで敵から自分たちを守ることができました。

セカコ:スイミーの「全員が集まって大きな魚の形になるという」という部分が、ボダンの国家論とそっくりですね。

先生:ボダンは、スイミーたちが合体してできた大きな魚が持っている決定権を、主権と呼びました。ボダンの理論は、「主権」の概念を明確に定義し、それが国家の統一性と持続性を保証するとしたことで特筆されます。そして、この主権は法律を制定し、施行し、裁判を下す力を持つとも認識しました。つまり、主権とは最終的な意志決定力を持つもの、そしてその意志決定が絶対的であるべきものと定義したのです。

 ボダンの理論は、後の政治理論、特に主権の概念や国家の性質についての理論に大きな影響を与えました。彼の主権理論は、後のホッブズの絶対主権理論やルソーの一般意志の理論に影響を与え、また、現代の国際法や国家概念にも影響を与えています。これらの理論は、国家が如何に組織され、運営されるべきかという基本的な問いに答えることを目指しています。

セカコ:スイミーの、小さな魚が集まって一つの大きな魚になるという発想はとてもユニークですよね。同じように、ボダンの、個々人が集まって一つの生物になるという発想もユニークです。ボダンは、どこからそんなことを思いついたのでしょうか。

先生:ボダンの考え方を理解するためには、彼が生きていた16世紀のヨーロッパの政治・宗教的状況を考慮することが重要です。

 ボダンは、宗教改革とその結果生じた宗教戦争の時代に生きていました。キリスト教のプロテスタントとカトリックの間の深刻な対立があり、その結果、ヨーロッパ全体で社会的な混乱と戦争が頻発しました。特に彼の母国フランスでは、ユグノー戦争(1562年-1598年)と呼ばれる一連の宗教戦争が起きていました。

 ボダンはこの混乱した時代を通じて、国家の統一性と秩序がいかに重要であるかを強く感じていたと考えられます。そのため、彼の理論は、絶対的で分割不可能な主権が国家の秩序と統一を保つ上で必要であるという観点から生まれたのです。彼は、強力で一貫した主権があれば、宗教的な対立や社会的な混乱を抑制し、平和と秩序を維持することができると信じていました。

 ボダンの理論は、宗教改革とそれに続く社会的・政治的混乱という時代背景から生まれたものであり、その目的は、国家の秩序と安定を保つための方法を提供することでした。

セカコ:ボダンが影響を受けた思想家は誰かいますか。また。ボダンが影響を与えた思想家はいますか。

先生:ボダンが影響を受けた思想家はマキャヴェリだと考えられています。

 ボダンとマキャヴェリの間には、直接的な影響関係を示す証拠は必ずしも存在しません。

 マキャヴェリは主に15世紀末から16世紀にかけて活動し、ボダンは16世紀後半に活動しました。

 彼らはそれぞれ、主権、国家、政治権力についての独自の理論を展開しましたが、マキャヴェリが実践的・経験的な観点から政治を語るのに対して、ボダンはより抽象的・理論的な枠組みで政治を語る傾向がありました。

 ボダンの主権に関する理論は、後の政治思想家たち、特にトマス・ホッブズやロバート・フィルマー、ジャック=ベニニョン・ボシュエに影響を与えました。

 ホッブズは、ボダンの主権理論を受け継ぎつつも、それをさらに発展させ、国家(リヴァイアサン)が絶対的な権力を持つべきであると主張しました。これは、社会契約理論の一環として提唱され、人間の自然状態は「万人が万人に対して敵対する」状態であり、それを避けるためには強大な主権者が必要だという彼の観点を反映しています。

 フィルマーボシュエは、ボダンの主権理論を受け入れながらも、それを君主制と王権神授説と結びつけました。フィルマーは、全ての政治権力はアダム(旧約聖書の人物)から子孫に受け継がれた神聖なものであると主張し、ボシュエもまた、王は神から直接権力を授けられた存在であると主張しました。

 これらの思想家は、ボダンの主権についての理論を基盤として、それぞれの政治理論を発展させていったのです。

セカコ:なるほど。そういえば、ホッブズの『リヴァイアサン』も、スイミーにそっくりですね。今回はスイミーのお話から主権国家の概念の成立について学べて楽しかったです。ありがとうございました。


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