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なんで播州赤穂?「どこで生き、どこで死にたいか?」

おてんとさんへ

播州赤穂 瀬戸内海を眺める岬に自分と大切な人たちの「サンクチュアリ」を創っていくことにしました。

京都で生まれ、東京で仕事し、これまで縁もゆかりもない赤穂。多くの仲間からも「なんで赤穂?」と聞かれます。自分でも「なんで赤穂?」って思います(^^)

2020年のコロナ禍の中、「あ、ここ!」って土地に出会うまでの赤穂と僕の7年間に感じた様々なことを並べていくときっと自分の中の「なんで?」の輪郭がはっきりしてくる気がして、これからしばらく徒然なるまま手紙的に言葉にしてみようと思います。

今日は、おてんとさんに「最初に感じたこと」を聴いて貰います(^^)

ご存知の通り、僕、2013年に大好きだったリクルートを離れる決断をしました。いくつもの事柄、想い、タイミングがあの時にギュッと交差して、「あ、今だ」って思ったんですよね。

事業も仕事も仲間も大好き。でも一つの山を登り切って次の物語が始まろうとしていたその時に、「あ、このままこの線路を走り続けても自分の願う終着点には着かない気がする」って思ったんです。

自分の願う終着点。そこまでのプロセス。

どう活かされて、どう死にたいのか?

僕は、リクルートで仲間と共に事業を育てる醍醐味も、事業が進化することで世の中に与えられる価値やインパクトの素晴らしさも味わわせて貰ったし、価値を届ける仕組みや構造をみんなで創り上げることの意味も感じてきました。でも、そのプロセスの中では辛い決断も大きな勇気も必要で、そして大義のために蛮勇を振るう役割も必要で。仕事を続けてきてある程度の立場に立った時に、さらに未来の自分に「期待される果たすべき役割」と「自分の在りたい自分」がフィットしなくなってくることを直感的に苦しく感じたんです。

僕は、「半径50メートルの中にいる人たちの気持ちよさに、100%寄り添っていたい」。

めっちゃミクロだけどそれがいい。それが、社会のシステムから心地よい距離感の中で実現できる生き方ができたら。穏やかな風と光、土地と文化の薫りの中で自分を活かし、そして穏やかな終着点にたどり着き、さらに息子たちの生きる世界の糧になったら幸せだなーと思ったんです。

で、「瀬戸内海」。

なんか、そこに自分が過ごしたい時間と場所があるような気がしたんですよね。それも神戸から倉敷くらいの間のどこか。そこに自分がいたら、京都と加古川のお父さん・お母さんに変化が訪れても寄り添えそうな気がする距離。

直感に従って、神戸から倉敷まで、1人で車を運転して瀬戸内海沿いをひたすら走るって旅をしました。

赤穂、御崎に着いたとき「あ、ここかも」って思いました。神戸からだとまぁまぁ出だしです(^^)でも、慎重家の僕ですから「いやいや、まだこの先にもっとピンと来るとこあるんちゃうん?」なんて思いながら車を走らせました。

でも、なかった。

赤穂・御崎がマイベスト。

でももう一つ大切なことがあります。

一番身近で大切な、のり・風太・草介がどう感じるか?彼らもピンとこなければ僕も幸せじゃないんです。

倉敷で家族と落ち合って、「赤穂見て!」って家族を連れていきました。

「ここ、えーやん」

「そやろー、ええやろー」

僕の気持ちがグッと進んだ瞬間です。

とはいえ、生活の基盤も作らなきゃ。子供たちの学びも支援しなきゃ。お金なんて余裕ない。

ここから10年くらいの中で「その時」が来たら、ほいっと飛び乗れるように準備していこう、考え続けようと自分に誓ったのが7年前でした。

おてんとさん、また手紙しますね。播州赤穂・御崎のどこが自分を呼ぶのか、お気に入りをプロットしていこうかな。

ではまた。

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