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0705 あかるい物置

早くに目が覚めて、白っぽい金色に輝く朝焼けを見た。空の色もきれいだったのだけれど、今朝は懐かしい匂いに誘われた。夏の朝の匂いだ。湿気があって、でも前日の熱は夜気に鎮められて涼やかに感じる、これから始まっていく一日の瑞々しさが満ちていて、どことなく水の匂いのする、夏の朝。ラジオ体操をしに、玄関を出たときの、子どもの頃の夏の朝みたいな。

夏は水の気配が濃くなるのだろうか。実家の目の前には水路が流れていた、と思い出した。家の西端からコンクリートでふさがれて、東側三軒先まで歩けるようになっていた。普段は目にしないから、存在を忘れがちだ。でも、今日みたいに水の匂いを感じると、ふと水路のことが意識の上にのぼってくる。そしてわたしは、今朝みた夢を思い出す。それは、水路がふさがれる家の西端にあった物置の夢だ。

家の西端は行き止まりだった。塀になっていて、その上に隣の家が建っている。実家の辺りだけ、土地が低くなっているのだ。だから、西端は暗い。そのうえ、水路が急に現れる。幼かったわたしにとって、そこはこわい場所で、そこに建っている物置もこわかった。小さな小屋のようなものだったけれど、中には明かりがなく、昼間に入っても薄暗い。古い木の匂いと、ほこりの匂いと、工具の金気の匂い、庭の花の肥料の匂い、いろんな匂いがした。そしてそれは、わたしが日常では感じることのない匂いだったから、物置に入るたびに心細くなった。ちょっとした広さがあったので、ここで暮らしていたり、以前に暮らしていた、自分には親しみのない見えない人たちがいてもおかしくないとも感じていた。

夢の中で、けれどその物置は、新しくなっていた。東端から眺めていたのだけれど、扉は全面ガラス張りで明かりが灯されていた。その色はランプで灯されたような暖かいオレンジ色で、物置の中も、その扉の外をも照らしていた。物置の中も整然としていた。棚が背中合わせで一列、部屋の真ん中に置いてあるきり。背の高くない、図書館の本棚のようだと思った。壁にも何もなかった。ただ明るかった。

暗い物置と、それにまつわる何かが取り払われて、クリーンになったのだ。そう思った。物置は明るくたっていい。むしろ明るいほうがいい。そして、夏に濃くなるのは水の匂いだけじゃなく、いろんな匂いもだと思った。




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