おじけ付いた(#086)
クーラーの効いたマクドナルドで、ひとりランチを取る。今は2001年・夏。私はまだ独身。飛行機でシドニーからダーウィンまできた。ダーウィンは初めてだ。頼まれた仕事で1週間の滞在・レンタカーを借りて移動している。アボリジニの若者が、日中・街をうろうろしている。この子たちは学校に行かないのか。働かないのか。ショッピングモールは大型クーラーが装備された・無料で人々を涼ませる箱になっている。買い物ではなく涼みに来る場所。アボリジニの若者・老人がさらにうろうろしている。私は見たことを心に留めておこうと思った。
マクドナルドはどこでもドアだ。知らない街に行くと、とりあえずマクドナルドに入って次のスケジュールを考える。同じにおい・同じメニュー・同じレイアウト。しばらく考え事に没頭していると、一瞬・自分がどこにいるのかわからなくなる。シドニー?メルボルン?キャンベラ?東京?強く念じれば、ここはロンドンのマクドになるのではないか。外を出ればロンドンの冷たい雨が降ってる・どこでもドア。
私が初めてバイトしたのはマクドナルドだった。高校1年の時だ。放送部だった私は先輩に誘われて夏休みに一緒にバイトした。働く前にオリエンテーションがあって、ビデオを見て教育された。効率よく動線を作ると、こんなにも気持ちよく仕事がはかどるのだと驚いた・良いトレーニングだった。「モップをする時は、こうやって手のひらで棒の先を覆うこと。お客様に当たらないようにするためだ」と店長が私のモップの持ち方を直してくれる。なるほど・全ての所作に意味がある。マクドナルド主催の少年野球大会ではウグイス嬢として駆り出された。得難い体験だった。
というわけで、知らない街に行くとマクドナルドへ行く。きっとこの土地の若者もあの時の私と同じように教育されて、マニュアルに従って効率よく働いているに違いないと期待するからだ。
私の地元・沖縄でのジョーク。おばー(おばあさん)がウエイトレスをしている沖縄そばの店に客がはいってそばを注文した。そばを運ぶおばーの親指がスープの中に入っている。「おばー、指がスープに入っているよ」と客が文句を言う。「大丈夫。熱くないから心配ないよ〜」とおばーはにっこり。(完)おばーの指が入っている衛生面の問題もあるが、スープが生ぬるいのも問題だ。もちろん、これはジョークで私は一度もそんな目にあったことはない。しかし、ダーウィンのような土地では何が起こるかわからないので(私の偏見)、地元のカフェでなくマクドナルドにまず入る。
食べ終わったハンバーガーの包みを前にして、私がスケジュール帳を開いてると、向かいの席に誰かが腰かけた。アボリジニの女性が座って私を見ている。他にも空いている席があるのに・二人がけのテーブルの私の向かいに座るということは何か用があるのだ。歳のころ三十代半ばから四十代半ばとみた。私は彼女を見てあいさつがわり微笑んだ。
自分は誰だという紹介もなく、彼女はいきなり自分の生活について話し始めた。あまりにも自然に話し始めるので、「あなたの生活に興味があります。話を聞かせてください」と私がお願いしたのではないかと錯覚を起こすほどだった。
話は簡単。今日夫が刑務所から出てくる。迎えに行きたいがタクシー代がないので5ドル恵んで欲しい、ということだ。私の気持ちは暗くなった。たった5ドルとは言え、これがドラッグに使われるかもしれないと思うとお金はあげたくない。私は賭けに出た。ちょっとしたチキンゲームだ。
「私、車借りてるから、刑務所まで送ってあげようか?」と言ってみた。もし、刑務所の話が嘘なら彼女は困る。「オーケー」と彼女は返事した。ん?本当に刑務所に行くのか?私は彼女と一緒にカーパークまで歩く。彼女がひるんで引き下がるのを待った。え?本当に刑務所まで行くの?もし本当に連れて行ったとして「家に帰るタクシー代がないから家まで送って欲しい」と言われたら、もう引き下がれない。私はどんどん深い森にハマって出られなくなる。急に恐ろしくなって、ハンドルをきって沼に突っ込み・チキンゲームから降りた。「あ、ごめん。大切な用を思い出したから、この10ドルでなんとかしてくれる?本当にごめんね」と言って彼女と別れた。
眠れない夜に、たまに彼女のことを思い出す。あの10ドルを使って本当に刑務所に夫を迎えに行ったのだろうか。それとも「こういうチキンゲームする人いるのよねぇ、刑務所でおろしてもらったらその足で家に帰ればいいし、たいてい向こうが折れて5ドル以上のお金くれるのよね」とうわ手を行く物乞いだったのだろうか・・・。
あなたが最後にチキンゲームで負けたのはいつ?え?そんなバカなゲームはしないの?
あなたの想像力がわたしの武器。今日も読んでくれてありがとう。
追記:
えんぴつ画はビッグマックではない。ビッグマックのぬいぐるみ。欲しい。
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