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アファンタジアとハイパーファンタジア (#031)

あなたは目を閉じて(あるいは開けたままでも)、赤いリンゴをイメージできますか?そのリンゴを宙に浮かせて回転させることができますか?

私はできる。

目を閉じた時より、目を開けている方が楽にできる。目を閉じると、音が気になるせいかうまくいかない。目を開けたままだと、普段から空想癖があるせいか、いとも簡単に目の前に画像・映像が浮かぶ。

あなたはどう?

私の生徒さんに、アファンタジアの方が2人いる。彼らが説明してくれるまで、私はそういう人がいることも、そんな名前があることも知らなかった。

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アファンタジア(Aphantasia)とは心的イメージを思い浮かべることができず、頭の中でイメージを視覚化することのできない状態を指す言葉である。
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生徒さん2人とも女性で、1人は20代半ば、1人は60歳前後だ。二人とも頭がいい。博士号とるレベルだ。彼女たちによると、目を閉じると画像は何も思い浮かべられない・ゼロ・真っ黒。それでも夢は見るらしい。映像ではない夢なんだそうだ。

20代女性曰く「うちの兄は私よりもっと症状がひどいの。でも、それに気づいたのは、大人になってからなのよ。普段の生活にはほとんど支障きたさないから、なかなか気づきにくいのよね」。

ふうん・そうなんだ・・・。

お絵描き教える時に、私は言う。「描く前に、仕上がりの絵の雰囲気をイメージすると、自分の思った絵に近づきやすいです」。

当然、アファンタジアの方にはそれができない。

この二人には、参考となるモチーフ・写真・サンプル画を提示するのは不可欠だ。結果的にちゃんと絵が描けているのだから、頭の中で画像・映像が作れなくても、絵を描くには支障きたさないということなんだろう。

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写真学校時代、私は寮に住んでいた。その寮には写真科だけではなく、グラフィックデザイン科の子達もいた。私はクロカワと仲良くなった。彼女はデザイン科だった。クロカワは自分のことをクロカワと苗字で呼ぶ子だった。「クロカワはアンパンが大好きなんだよ」「それはクロカワは好きじゃない」そう、好き・嫌いをはっきり言う子でもあった。私自身はクロカワの「好き」と書かれた袋に入っていたようだ。でも最初からそうじゃなかった。彼女はいつも何らかの帽子をかぶっていて、深くかぶった帽子の影で目を光らせて、「こいつは<好き>の袋に入れるに値するかどうかまだわからんな」という観察期間があったらしい。観察されている私はそんなの知らなかったし、そのことは後でクロカワから詳しく聞くことになる。学校は別なので、寮に戻ってからか・あるいは週末にクロカワと会う。

ある週末に私はクロカワの部屋でビールかなんか飲みながら遅くまで話して眠りこんだのかもしれない。クロカワのベッドで一緒に横になって眠った。朝起きた。明かに何かおかしい。隣にいるクロカワは私より先に目覚めていたようだ。でも動かない。私は自分の下半身が濡れていることに気づく。どうやら、私はおねしょをしたようだ。クロカワもそれに気づいていた。それで、起きたのに動いていないのだ。おねしょしたのは小学校低学年以来だ。わ、どうしよう。

「おはよう」とクロカワ。
「すまん、おねしょしたみたいだ」。
「だね。大丈夫。とりあえず着替えようか」。

こういう時クロカワは姉御肌になる。私は自分の部屋で着替えて、戻ってきた。そして、天気がいいので、とりあえず、屋上の洗濯干し場までマットレスを一緒に運んで日干しようということになった。

私はすっかり、気落ちした。あたりまえだ。二十歳になっておねしょするなんて。しかも、友達のベッドでだ。クロカワは私の気持ちを察してくれて、明るく振る舞った。

気持ちのいい洗濯干し場のスノコの上に座って、私が濡らしたマットレスを眺める。これさえなければ、とっても素敵な日曜日なのに。クロカワが話し始めた。「ねえ、天空の城ラピュタみた?」「何、それ?」と私。自分が一番好きだというこのアニメのストーリーをクロカワは始めから順を追って話してくれた。クロカワは天才的に話を再現するのが上手だった。私は自分の失態のことをすっかり忘れて、ラピュタの世界に引き込まれていった。話が全部おわった時にはマットレスも乾いていた。

それから、10年の月日が流れ、私はシドニーで、ベビーシッターをしている。その時初めて子供たちと一緒に「天空の城ラピュタ」を観た。既視感とはこのことだ。「私、これ前に観たことある」と思った。本当は観てないけど、観たのだ。クロカワが話している時に、私はちゃんと映像化していた。ハイパーファンタジアだった。それくらいクロカワの話し方が上手だった。もちろん全く同じ映像ではないはずだ、でも全く同じかのような錯覚を起こすほど、既視感が強かった。

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ハイパーファンタジア(Hyperphantasia)
頭の中で鮮明にイメージを想像できる状態
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あなたと私が持っているスマホのように、いずれAIのパーソナル・アシスタント(PA)を当たり前に持つ日が来るだろう。私は自分のAI・PAにクロカワと名付ける。クロカワは嘘をつかない。一般的に受けそうな褒め言葉で私のご機嫌を取ったりしない。ちゃんと必要な情報を必要な分だけ必要な時に提示してくれる。偏った個人的見解が入った情報を提示するかもしれない。うまくいけば、それが私の想像力を刺激して素晴らしいものになるし。たとえ、ひとりよがりで野暮な提案をしたとしても、私には彼女のマットレスにおねしょした負い目があるから、腹も立たない。そして、寝る前には「クロカワ・あの話をしてくれ」と私の好きなベッド・タイムストーリーをクロカワがはなし始める。

クロカワはどこかで今も元気にしているだろうか。クロカワのままだろうか。結婚して、クロカワと名乗らなくなっているのか。運よく・クロカワ男と結婚して、クロカワを維持できてたらいいのにな・・・。

あなたの想像力が私の武器。今日も読んでくれてありがとう。


えんぴつ画・MUJI B5 ノートブック

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