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宝物

あなたの宝物はなんですか?

私の好きな人は画面の割れたスマートフォンを宝物だと言った。
「画面は割れるものであり、パーソナルなものである。」自分のという印という意味なのだろうか。私流の言葉にするならば「傷さえも愛おしい」と言ったところだろうか。

もちろん話の流れで割れたスマートフォンに思い入れがあるから宝物だと言ったことは理解している。じゃあ

「あなたの本当の宝物は何ですか?」

私はいつかあなたに尋ねたい。
どんなものを大切に思うのか、どんな価値観を持っているのか。私は知りたい。

私の宝物はなんだろう。
家族が宝物ですと言えるような家庭環境で育った訳では無い。友達が宝物ですと言えるほどの友達は居ないに等しい。親友が1人とよく話す学校の友達が1人居るだけだ。私は2人を宝物だとは思わない。大切な友人。それ以上にもそれ以下にもならない。

では、好きな人はどうだろうか。好きな人を宝物だと思えるだろうか。

「宝物」はかけがえのないものという意味を持つらしい。代わりの無いものであり、唯一無二であるのだ。

私の宝物の解釈は一般的なものとは少し違うのかもしれない。私は宝物といえば宝箱に入れて誰にも見せずに隠しておきたいそんなイメージなのだ。ただ、映画で見るような金や宝石ではない。私にとって宝物は、好きな人たちからの手紙や初めて買ったリップ、好きな人から貰ったオルゴールなど思い入れがあるものだ。宝箱を開ければ思い出が沢山詰まってて幸せな記憶が沢山蘇る。

私の宝物は、記憶です。

楽しい瞬間だけじゃなくて、苦しかった時もあって今の自分が形成されていくと思うから。記憶を宝箱に閉じ込めることは出来ないけれど、記憶を蘇らせる手伝いをしてくれる物は宝物に入れられそうだから。

好きな人が画面の割れたスマートフォンを宝物だと言った理由が少し分かったかもしれない。そこには沢山思い出が詰まっていたのかもしれない。自分だけの思いを綴った何かがあったのかもしれない。好きな景色を撮った写真があったかもしれない。画面が割れていなくてもスマートフォンに思い出が詰まっているのは分かる。でも、画面が割れたことすら思い出だと捉えるのだとしたら、その感性を少し羨ましく思うし私は凄く好きだと感じる。

宝物はこれからたくさん増えていくだろうし、いつかこのnoteも私の宝物になるだろう。だから、沢山記録しておきたい。酸いも甘いも込みで私は私の人生が好きだ。

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