見出し画像

「無垢 (Innocence)」【詩】

うまそうに
雪を掬んだ妹よ
どうか気をつけて走れよ
きみの一生ぶんの空と大地を
ひっくりかえしてしまわぬように

もうすぐ三十歳になる
かけがえのない妹よ
きみの一生ぶんのやさしさを
その手からこぼしてしまわぬように

あどけない雪のゆくえを
透明な目で追いかける妹よ
きみのことしの誕生日には
あたらしい無垢を贈ろうか
きょうまで大きく育ったきみの
よろこびに熱る顔を見てみたいから

あの懐かしい
野球場までつづく坂道に
ふるさとの陽が差してくる
おれたちはあのころのように
ピュア・グライダーの両翼となり
全身に無垢を取りもどそう
それから大空の雪をさらいにいこう
凍てつく潮騒を聴きにいこう
きみがもしそれを拒むとしたら
おれは世界一不幸せな兄だ

だから
妹よ
きみの身軽を信じなさい
きみの空白を信じなさい
そしてどうか
気をつけて跳べよ

だから
無垢よ
かけがえのない無垢よ
わが最愛の妹の
あたらしい純粋よ
あたらしい風をよんでくれ ここに
あのころとおなじ
いい匂いのする風を導いてくれ ここに
もうすぐ三十歳になる
かけがえのない妹の
せめて翼になってくれ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?