見出し画像

私は円香に不幸になって欲しい

かつてグレ7残留をするほどに打ち込んだシャニマスから離れて1年ほど経った。自分の認識はMUSIC DAWNこそがシャニマス、そして私の推しであったノクチルの到達点であり、あの瞬間の「任された」こそが、ノクチル崩壊ルートの終わりの始まりを垣間見る絶妙な瞬間だったと思っている。その後、三峰事件に関する運営対応への失望感もあり、やる気を失った私は、ウマ娘へと旅立った。

それから一年余り。今年のブライダルの話になった。アイドルものでブライダルといえば、誰が今年の花嫁になるか、予想合戦から盛り上がる一大イベントである。当然、シャニマスを離れていた私にとって、ブライダルの予想など半ばどうでもよく、意識すらしてなかった。

ブライダルガシャの発表当日。TLには浅倉透のブライダル姿が公開された。

やられた。

私はもう無理だった。ブライダル円香が出ることよりも恐ろしい真似をしてくれたんだ。高山には血も涙もないのかと震えた。

これは徹底的に円香を苦しめる所業なのだと。私はもう、それはそれは円香の、そのアンニュイな表情の裏にある、ドロドロとした心持ちを想像せずにはいられれなかった。

浅倉がシャニPに見せる花嫁姿。「似合ってるぞ」と言いながら、あくまでPは態度を崩さない。Pとアイドルの関係性は現状維持。

浅倉はなおも色々なことを試そうとするのだろう。それでもPは距離を縮めきらない。ふと、立ち聞きする形になった円香は口を結ぶ。そっと立ち去った後、スタジオの控室へと続く廊下で二人と遭遇する。

「おっ、樋口じゃん。どう?似合うでしょ。」

何気ない問いかけに対して、円香は少し笑顔で

「思ったよりは」

くらいの蛋白な内容で返すのだろう。そして、Pをチラりとみやって、

「花婿気取りですか?ミスター勘違い」

など軽く牽制をかけてからその場を去っていくのだろう。
そして、向かう先はトイレなんだ。

たぶん、そこで、一連の流れを思い出して、ひたすら吐く、とめどなく、嗚咽する円香の姿を想像せずにはいられない。そして、その円香が途方もなく美しくて愛おしい。

ブライダル浅倉透からは、そんな円香の絶望感を感じさせずにはいられなかった。円香をブライダルにしてPと会話させることではなく、浅倉がブライダルになることによってPとの会話を想像させ、そこから円香の心理状態を読者側に推察させるというグロテスクな手法なのだ。こんなことをやらかすのは、さすがコミュでファンを引っ張り続けたアイドルマスターシャイニーカラーズの真骨頂だろう。

そして、我々は気づくのだ。樋口円香に不幸になって欲しいという自分自身の心の汚らわしさに。円香の心のざわつきに喜ぶ自分の醜さに。

それは、円香がシャニPと浅倉の間に抱く気持ちそのものなのではないだろうか。

円香はその得体の知れないなにかを直視もできず、幼なじみの関係性を打ち崩しかねないPと浅倉の関係性を看過もできず、ただひたすらに身動きがとれない。自分にできることは、この夢が、ノクチルというアイドルユニットが続くために、プロフェッショナルで有り続けることである。

でもそれは、延命でしかならず、いつか終わりを迎える。けれども、それでも、いまの瞬間にしがみついている。だが、それを正面から自覚し言葉にしない。

円香はその苦しみから逃れられず、常に他人との距離をあけて生きていく。おそらくは唯一の解決方法になるはずのシャニPへも歩み寄らない。歩み寄りたいけれど、どこかでブレーキをかけるんだ。そして再び彼女は苦悩する。

あまりに美しい。

崩壊の美学がある。何かが壊れる瞬間。その存在が掻き消えるような狭間の時にわずかに見せる表情こそが、その人の生きている姿をとらえた最も美しい瞬間だと私は思う。

円香は常に崩壊直前にある。それが、例えば浅倉の花嫁姿で刺激されたとき、崩壊の側面に少し傾いたときに、彼女が肉体的に不調が出た時の輝きは代えがたい。彼女の曇った瞳と、震える肩と、肌に食い込む爪あとに。

言葉にすることができないのだ。最後の一歩を踏み出して彼女の今の本当の心を認めればいいのに、しないんだ。認める強さを持たない少女で、壊れる寸前でずっととどまり続ける。心が千切れているのに、その状態から動かない。

ひとしきり落ち着いて、トイレから立ち上がった円香は、今を思い出す。数年が経ってしまった今を。そう、これは浅倉とPの本当の結婚式だったのだと。あれはかつて、結婚情報誌に掲載するグラビア撮影用に浅倉が着ていたものだった。けれど、いまやそれは本物になってしまったと。

円香は本当の結婚式会場へ戻る。Pと浅倉を見つめる円香。隣では雛菜や小糸が素直に祝福していることだろう。円香は浅倉を見る。それはとても穏やかで優しい笑顔に違いない。

そして、二次会に立ち寄ることはできず、家路につく。お土産にカタログだけもらって、形だけの祝福を。浅倉とPが心配するなかで、小糸がタクシーを呼んで、雛菜が体調が良くなるわけもないのに何故か飴を差し出して「これ舐めれば良くなりますよ~」などと言う。

よくわらかないうち、朦朧とする意識の中、家についた。そのままベッドに倒れ込む。手元には睡眠薬の束がある。無造作に掴んで、噛み砕く。もう眠りに落ちるのだ・・・。

さらに数年が経った。ここは日本海側の地方都市。小さなライブハウスの地下。1ドリンク1000円と入場料がセットになったような場所。29歳になった円香はアコースティックギターを片手に舞台に立つ。
「次は昔歌っていた曲です。当時の友人たちと作った曲でした。聞いてください」
響き渡る小さなメロディ。舞台に立つのはただ一人。彼女は小さな舞台に一人立ち続ける。

私が見たいのはこれなのだ。樋口円香は決して幸せにならない、で欲しい。
なんて汚い。他人の不幸は蜜の味と言う。そのものじゃないか。自分の人間性の黒さに、ひもじさに酷いものだと思う。けれど、幸せにならない円香に対して、「これは二次元コンテンツなのだ」と悪魔がささやく。

人の不幸を祈ることも許される世界なのだと。

だったら私は、

円香の不幸を願う。

そして、不幸の中で、自分と向き合わない彼女への罪が、少しでも素直になれば回避される悪夢が繰り返されることを望む。

少女である自分の弱さを誤魔化した罪。彼女が被る責任。その中で、苦しみ続けるとき、その表情が、彼女が自嘲気味に笑いながら、虚ろな目が世界を見上げる時の瞳が、この夜、最も美しきものなのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?