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一発殴っておけばよかった(1)

2019/1/23 7:00、父が他界したと病院から電話が入った。

私と父はかれこれ20年近く会っていなかった。最後にその姿を見たのは当時住んでいた東横線の日吉駅。家を出た父を追いかけ、駅前で父を呼び止めたものの、双方罵声を浴びせ合い口論をしたのが最後だ。

その日から今に至るまで生死を含め、父に関することは一切なにも分からなかった。今年の初めに突然父親を名乗る男性から連絡があるまでは。

留守番電話に残された父親を名乗る男性の声は、およそ自分の記憶にある父の声色と全く違うもので、正直それが本当に父親なのか信じることはできなかった。

大学生の頃、父の行方を探したことがあったが、父の兄弟も友人も父の行方を知らず、いつしか「ヤバいところから金を借りていたので、東京湾に沈められた」といった勝手な物語を自分でつくりだし、彼を自分の意識の中で他界させることで、父に対して抱く様々な感情を閉じ込めてきた。しかし、父親を名乗る男性からの一本の電話によって、自分にとって都合のいい物語は壊れ、同時にそこに閉じ込めてきた様々な感情や記憶が溢れ出してきた。

一呼吸置き、複雑な気持ちを抱きつつも、画面に残された電話番号に折り返すと、程なくして先ほどの男性の声が聞こえてきた。「ご要件はなんでしょうか?」とビジネスライクに訊ねると、男性は父親の名前を名乗り「あの時は、すまなかった」と言った後、自分の近況について話し始めた。

結果、それが父と交わした最後の会話になった。

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#父親 #家族


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