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一発殴っておけばよかった(2)

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父親を名乗る男性からは「明後日、自分の症状について病院から電話する」と伝えられた。電話の後、自分の心境や状況について家族や友人に相談し、かかってくる電話を待ったが約束の日に電話はなかった。その際様々な相談に乗ってくれた全ての人に心から感謝したい。

結局質の悪いイタズラだったのかと思った矢先、私がインフルエンザにかかってしまったこともあり、徐々に電話の件は頭の中から消えていったが、突然また見知らぬ番号から着信があった。

「〇〇病院です」。そう述べた男性医師は、自分の立場や電話をかけた理由を丁寧に説明した後、父親はステージ4の肝臓ガンだと私に伝えた。

いやいや、ちょっとまってほしい。頭と心の整理が全く追いつかない。そもそも、父親は自分の中で長い間完全に死んだことになっていた人間だ。そんな人間が、まるで黄泉の国から蘇ったかのように聞き慣れない声色で電話をかけてきて、一つの約束を交わしたものの結局その約束は守られなかった。イタズラだと思いその電話の存在を忘れ始めた頃に、今度は父親の主治医を名乗る人物から電話がかかり父親はステージ4の肝臓ガンだと伝えられる。これ一体はなんの悪夢なのか?その状況、思い出した父親への感情、あらゆるものがごちゃまぜになりなにも整理されないまま、その2日後に父親が他界したと連絡が入った。

あまりに突然の展開に戸惑いながらも入院先の都内の病院に向かった。病院に到着し案内された地下室に入ると、ベッドの上に静かに男性が横たわっていた。約20年ぶりに対面した父親は、自分の記憶よりも随分と小さく、顔も痩せこけ、そして年齢の割に老けて見え、本当に父親なのか疑ってしまう姿だった。それでも壁に貼られた「遺体搬送依頼所兼完了届」なる書類には確かに父親の名前と年齢が記されており、その男性は紛れも無く父親であった。

そんな父親を前に、再会出来た喜びも、死に直面した悲しみも、昔抱いた怒りも、どんな感情も抱くことはなく、ただ微かに聞こえてくる空調の音を聞きながら父親の顔を眺めていた。むしろ、父親の死という状況を含め、数週間の間に起きたできごとが全てフィクションのように感じ、現実感のなさだけが窓のない部屋に漂っていた。

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#父親 #家族


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