「月子さんの夜」(小さなお話)
月子さんの目は、夜中にぱっちりと覚める。
短いけれどびっしりと生えたまつ毛が、ぶん、と鳴るほどの勢いで。
月子さんは、もうあきらめることさえ面白がっていて、
そのひっそりとした手の平の上に転がしてみる。
お酒はよくない。
目が回ってしまうから。
月子さんは、背の高い窓のそばに、
お気に入りの空間を作るところから始める。
三つの、大きさも、役割も違うクッション。
水と、あたたかな紅茶を入れて、
小さな平らなお皿には果物を乗せておく。
今夜は昼間に採った庭のブリーベリーの木の実を6つ。
床は冷たい。
はだしの触れるところだけが、ゆっくりとあたたかく息を吐く。
わたしって、ちゃんとあったかいのね。
月子さんはうんうんと頷いて、
読みかけの本を開く。
クッションを、おしりと背中とお腹に抱えて、
気持ちの方も開いていく。
夜空には、今日は半分の月がいて、
星もまばらにこちらに手を振っている。
気が付いたものどおしが、送りあう合図の瞬き。
今日もいい1日だった?
ええ、それなりに。
ひとしきりの挨拶をすませて、
開いたページに目を落とす。
薄いけれど、夜はページの上にも落ちていて、
文字は埋まって読むことはできない。
だから月子さんは、
ただただページの上に、
月子さんの心のなかのお話をうつしていく。
ドラゴンは花を摘み、
歌う雲はどこまでも行く。
明日の明るさに目が焼かれる老婆は、
いつから夜に目を開く道に移ったのか。
そして、私は___
月子さんはやがてうとりうとりと目を閉じていく。
そっと夜が背中をさする。
落ちたクッションはうまく転がって、
月子さんの足の間にうずくまる。
半分に減った水と、
底に揺れる紅茶。
半分の月は見えないと知っていても手を振ってくれて。
星も、また明日と瞬いていく。
朝が、
欠伸や背伸びと昇っていって、
まだ眠る月子さんの頬を、
ととと、と突いた。
月子さんは、まるい頬をほころばせて、
ちいさな口をもにょもにょ揺らした。
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