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菅首相の英文ツイートは結局何が駄目だったのか?

トランプ大統領がコロナウイルスに陽性反応が出たということで各国がざわつき、新たに日本の総理大臣となった菅義偉氏もトランプ大統領宛にTwitterでお見舞いの言葉をツイートしました。

Dear President Trump,
I was very worried about you when I read your tweet saying that you and Madam First Lady tested positive for COVID-19. I sincerely pray for your early recovery and hope that you and Madam First Lady will return to normal life soon.

ところが、この英文ツイートに対して日本人から「なんて稚拙な英語なんだ!」というバッシングが起こるという一幕がありました。果たして菅首相のツイートのどこが悪かったのか、備忘録も兼ねてまとめておこうと思います。

何より最初に

まず何より先に明らかにしておかなければいけないのは、こうした言語の問題にはいわゆる『正解』がないということです。確かに、現実世界で見られる英文の中には、いわゆる教科書に載っているような文法と照らし合わせると「言っていることが違う」と感じられるものもあるかもしれません。しかし、現実に『そのような言い方が可能であり、コミュニケーションの要素となる』ことを鑑みると、ある表現を正解か不正解かの二分で考えることは難しくなるのです。

したがって以下の内容は、ここで紹介する文章や考え方がどんな状況にあっても必ず正しいという保証はできないこと、メッセージの受信側によってはどのような解釈も(それこそ誤解や曲解なども含めれば)"無制限に"あり得るということを前提とした考え方になっています。

また、これは僕自身の個人的な政治観や主義とは無関係に、単純に英文の妥当性を検証する記事です。予めご了承ください。

最初に結論から

結論から言えば、菅首相の英文ツイートに大きな間違いはありません。このことは、件のツイートのツリーからネイティブの反応を見ると明確に確認できます。では、日本人の英語ができる人々は、どうしてこのツイートを問題だと思ったのでしょうか。

I was worriedの是非

まず目についたのは、I was worried about...の部分です。ここが過去形になっていることが問題であるという意見が非常に多く見られました。果たして何が問題なのでしょうか。

これが過去形なのが問題であると主張する人々は、少なくとも現在完了形と過去形の違いが分かっている人たちであると言うことができます。つまり、「今も心配しているんだから、過去からの継続を表す現在完了形や、現在形で言うべきだ。過去形で言ったら、今は心配していないみたいじゃないか」というわけです。なるほど、ここだけを捉えると一理ある考え方です。

しかし、まず大前提として『過去形であることが、現在の状態の否定と常に直結する』わけではありません。I was worried about you. と言うとき、I'm not worried about you now. を表すわけではないのです。

もちろん、そういった含みがある場合もあります。I was anxious about my future. と言う人がいたら、「今は解決したのかな」と感じられる可能性は高いでしょう。しかし仮にこの文章に、I was anxious about my future when I was a child. のように具体的な"過去の時点"がつくと And still I am.(そして、今もそうなんだ)と続く可能性が生まれます。すると、wasを使ったことと現在もその状態にあることが矛盾しなくなることは明らかです。このことは、wasを使ったことが、即ち「現在は既にそうではない」ということを表すわけではないことの証明となっています(when I was a childが無かったとしても、言外にそうした過去の時点が意識されているかもしれません)。

ちなみに、過去と現在を完全に切り離して言いたいときには、used toを使う方法があります。I used to be anxious about my future. と言えば、「以前は自分の将来が恐かったものさ」といった意味合いになり、今はそうではないということが明確になります。

閑話休題、今回の場合も、このwasの後に when I read your tweet saying that you and Madam First Lady tested positive for COVID-19 というwhen節が続いています。つまりこれは、「あなたのツイートを見たとき、とても心配しました」ということを言っているのであって、このwasは現在との比較ではなく、単純に『過去のある時点での状態を表している』に過ぎないと考えられるのです。

では、仮に実際に現在完了を使って言うならどうでしょうか。I've been very worried about you since I read your tweet... というような形になりますが、個人的にはちょっと嘘くさいように感じられるのではないかという懸念があります。

現在完了を使うということは、ある過去の時点からずっとその状態が続いているということを表しています。しかし、トランプ大統領が自らの陽性を伝えたツイートをした時点から、菅首相がお見舞いの言葉をツイートするまでには数時間のギャップがありました。仮にトランプ大統領のツイートの直後にこのツイートがあったなら現在完了でも良かったかもしれませんが、これだけ時間が空いてしまうと、「ずっと心配していたんですよ」と言われても少し空々しく聞こえてしまうような感じがあるのではないか、と個人的には思うのです。

ちなみに、現在形にして I am very worried about you... とする場合、when節ではなくbecause節などを使うことになるかと思いますが、個人的にはちょっと説明口調かな、という印象を受けます。as節ならその辺の印象は弱まるかもしれませんが、この辺りは感受性の問題という気もします。

直訳っぽい? 何か稚拙な感じがする?

確かに菅首相のツイートを見ると、いかにも中学や高校で習うような英語という印象を受けるかもしれません。しかし、ではどう"直す"のが良いだろうかと考えると、ちょっと代案を考えるのは難しいところです。

例えば、Your tweet saying... を主語に持ってきて、made me worried about you のように動名詞を用いた名詞構文にすれば一見こなれた印象になるかもしれませんが、主語が大きすぎて(長すぎて)"頭でっかち"な印象の方が強くなるように思われます。こうして考えていくと、結局、言いたいことに対しては元の英文ツイートよりも良い構文や言い方が見つからないのです。

ではどうして直訳っぽい印象になっているかというと、個人的な仮説として恐らくはツイートの中で説明しすぎであるからではないか、という可能性があります。例えば、your tweet saying that... の部分は、Your tweet だけでも充分にどのツイートのことを言っているのかが明らか(引用リツイートでの返信だったので尚更)ですから、これなら例えば Your tweet made me worried about you. のように言っても良かったかもしれません。

ただ、だからといって元のツイートが間違っているわけではなく、また Your tweet made me worried about you. と言った方が"より良かった(ベターだった)"かと言うと、別にそんなことはないと思います。

この辺りを総じて考えると、「直訳っぽい印象」なのは日本語で言いたいことをすべて盛り込んだために説明口調の感があるからで、「稚拙っぽい印象」なのは(多分)気のせいということになります。

early recoveryは正しいか?

早期回復を示す言葉としては、early recoveryよりもquick recoveryの方が適切だという意見もありましたが、実際に調べてみるとearly recoveryという言い方もかなり存在しています(実のところ、Google検索でearly recoveryとquick recoveryを比較すると、ヒット数は前者の方が多くなります)。これを鑑みると、early recoveryであることが即ち間違いということもなさそうです。

個人的に赤を入れるとしたら?

個人的にどこかに赤を入れろと言われたら、二度目の you and Madam First Ladyの部分をyou twoに置き換えることを検討するのと、Madam First Ladyはthe First Ladyの方が自然だろうか、と考えますが、それ以外に大きく直すところはありません。ちなみに該当ツイートのツリーを確認すると、Madam First Ladyでも大きな違和感は無かったようです。

総論

と言うわけで、以上、一部界隈で物議を醸した英文ツイートについて個人的な覚書をしておきました。今回印象的だったのは、割と「海外生活が長い」という人でも菅首相の英文ツイートに対して異議を唱えていたところです。

首相という立場の人間への反抗心や敵愾心が英文への噛みつきという形で現れたのであるという可能性を除けば、今回、意義を唱えた多くの人は単純に文法における『過去形』が持つニュアンスや意味合いを取り違えていたのだと言えるでしょう。このことから逆に、やはり文法を学ぶことが重要であるということが再確認されるのではないかとも思います。

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